北口雅章法律事務所

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「異端排除」の統治機構 ~ 岡口基一裁判官への懲戒申立てをめぐって ~

 このほど(平成30年7月24日),東京高裁長官(林道晴氏)は,岡口基一裁判官(東京高裁判事)が,「犬の返還請求に関する民事訴訟」の結論について,私的なツイッター(インターネット)上で,勝訴した側の当事者に対し批判的なコメント(以下「本件ツイート」という。)を投稿したことが,裁判所法49条所定の懲戒事由(裁判官としての「品位を辱める行状」)に該当するとして,裁判官分限法6条に基づいて,最高裁に対し同裁判官の懲戒を申し立てた。
 しかしながら,私は,林・東京高裁長官の上記懲戒申立ては,「異色の」裁判官による軽易な言論(当該訴訟の敗訴者側がもつであろう「庶民感情」を代弁したものに過ぎない)「品位」の問題に仮託して,「異端の裁判官」を「排除」し,もって全裁判官の行動の自由を不当に制限し,これを統制下におくものとして著しく不当であり,岡口裁判官の本件ツイートは,裁判所法49条所定の懲戒事由に該当しないと考えるものである。その理由について,以下に述べる。

 

第1 前提事情

 ネット上で確認できる情報等をもとに,私が把握した情報(重要でないところは省く。)は,次のとおりである。

1.岡口裁判官がツイートの対象とした,裁判事案の概要は,次のとおりである。

 A子(女性)は,ゴールデンレトリバー(以下「本件犬」という。)を飼っていたが,同棲相手のB男が,「犬嫌い」で,本件犬を連れての散歩の途上,A子と本件犬を一旦引き離した後,公園内の柵に結びつけて放置し,A子も,B男が本件犬を公園内に置き去りにしたことを理解したが,B男に怒られるのを恐れて,本件犬が公園内に放置されたままの状態に置いた。その翌朝,C子(女性)が夫とともに散歩していたところ,本件犬が,短いリードで柵につながれ,口輪をされたままで体温調節もできず,前日夜からの雨で腹や脚が濡れて泥まみれの状態であるのを見つけた。そこで,C子らは,連絡先を記載した紙を残して本件犬を自宅に帰り,その飼養を開始した。C子らは,1週間経っても,飼い主から連絡がなかったため,飼い主が意図的に本件犬を遺棄したものと考え,警察署に拾得届を出した。これに対し,A子は,公園まで本件犬を探しに行き,インターネット上で,本件犬がC子の保護下におかれたことを知り,B男に本件犬を連れ戻したいと伝えたが,B男から強く反対されたため,警察署に遺失届を提出しなかった。その後,A子は,3か月間の遺失届の提出期限ぎりぎりの間際に,遺失届を提出してC子に犬の引渡要求をし,B男と同棲関係も解消したが,C子は,本件犬の返還を拒んだ。
 このため,A子が,C子に対し,所有権または占有保持の訴えによって,本件犬の引渡請求をしたのに対し,C子は,(遺失物法2条・民法240条によって本件犬の所有権を取得することはできないものの)A子がB男による遺棄したまま,約3ヶ月間も放置していたことから,本件犬の所有権を放棄したものとして,その所有権の帰属を争った。

2.裁判所は(東京地裁,東京高裁とも),A子が直ちに本件犬を自宅に連れ戻さず,約3か月もの間,C子に連絡もとらず放置したことにおいて,飼い主としての非難を免れないとしつつも,もともとはB男が本件犬を遺棄したもので,当時,男女関係にあったB男の意に反する行動をとれなかったという背景事情からすれば,A子の一連の行為が特に悪性が強いとまでは評価できない等の諸事情から,A子の所有権放棄を認めず,A子の引渡請求が,権利濫用であるとはいえないと判示し,A子は本件訴訟で勝訴した。
 本件事案に関する裁判所の上記判断は,私も正当なものであると考える。
 しかしながら,だからといって,A子のとった行動は,客観的にみても,とても誉められたものではなく,C子からの非難を免れないことは東京高裁も認めるところであり,A子自身,「脛(すね)に傷を持った」であろうことは否定できまい。

3.以上の訴訟事案および訴訟経過(新聞報道)を前提として,岡口裁判官は,自身のツイッター上で,本件訴訟についてのインターネット記事及びそのURLを引用しながら,「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら,3か月くらい経って,もとの飼い主が名乗り出てきて,『返して下さい』」,「え?,あなた?この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しておきながら・・」,「裁判の結果は・・」という内容の投稿を公開した。

4.これに対し,A子が,東京高裁に抗議したことから,東京高裁長官は,岡口裁判官の上記インターネット投稿が,上記訴訟において,「犬の所有権が認められた当事者(もとの飼い主)の感情を傷つけたもの」であり,「裁判所法第49条所定の懲戒事由」に当たるとして,最高裁に本件懲戒申出に至った。
 ちなみに,裁判官の懲戒事由として,裁判所法第49条が規定する事由は,「職務上の義務違反」,「職務上の義務懈怠」,及び「品位を辱める行状」の三つであるが,岡口裁判官の場合,ツイッターで指摘した私的コメントは,たとえ「裁判官であることを他人から認識できる状態」のもとで行われたとしても,同裁判官の職務上の義務とは全く無関係の,純然たる私的行為であるから,岡口裁判官の本件ツイートが,懲戒事由に該当するか否かは,本件ツイートが,もっぱら「(裁判官としての)品位を辱める行状」に該当するか否か,という問題に帰することになる。

 

第2 岡口裁判官の本件ツイートは,裁判所法所定の「懲戒事由」に該当するか。

 私は,本件ツイートが,裁判官としての「品位を辱めた」といえないものと考える。その理由は次のとおりである。

 1.私は,本件ツイート(言論の一形態)が,裁判官としての「品位を辱めた」というからには,それが,一般市民の「誰の目からみても」正当性を欠くことが明らかであるものと評価されるか,一般市民の道徳・倫理観念に照らし,「嫌悪感」を引き起こすものであることが必要であると考える。なぜならば,もとより裁判官とて,職務上の義務との関係で一定の制約があるにしても(国家公務員法第102条第1項等参照),言論・表現の自由(憲法21条)を有することは自明のことであって,少なからぬ一般国民の共感を得るような私的言動であれば,相応の正当性が認められることから,裁判官の「品位を辱めた」とは到底いえないし,あるいは,一般国民の平均的感覚,ないし健全な倫理観念に照らし,格別の嫌悪感を引き起こすに足りない言論であるならば,何ら裁判官の「品位を辱めた」とはいえないからである。

 2.しかして,本件で,A子のとった行動,具体的には,同棲相手のB男が公園内に本件犬を放置した,という動物愛護法が「動物虐待罪」として処罰規定(44条3項)を設けている「遺棄」をしたことを知りつつ,これを容認・放置したという行動は,「遺棄」と同視すべきものであり(片面的幇助といえる。),その結果,短いリードで柵につながれた本件犬が,口輪をされたままの状態で体温調節もできず,本件犬をして,前日夜からの雨で腹や脚が濡れて泥まみれの状態に至らせたのであるから,本件犬の立場からすれば,「捨てられた」も同然であって,動物を愛護する人々の健全な道徳・倫理観念からすれば,そのようなA子の態度・行動をもって,「あなた,この犬を捨てたんでしょ!」といった社会的非難をあびたとしても,甘んじて受忍すべき問題である。しがって,同様のことを,法律問題に精通した裁判官が,(C子の代弁者として)私的なツイッターで指摘したとしても,何ら「嫌悪感」を引き起こすものではない。それ故,岡口裁判官の本件ツイートが,裁判官としての「品位を辱める行状」に当たらないことは明らかである。
 ちなみに,本件判例の判例評論をされている吉井啓子教授(明治大学)は,「A子の状況に同情すべき点があるとしても,『命あるもの』である動物の飼い主としての資格や責任に疑問を抱かせるものであり,動物愛護法の精神から見れば所有権放棄の意思が推認されてもおかしくはない。」と論じられている(新・判例解説Watch)。

 3.なるほど,岡口裁判官の本件ツイートを読んだA子(「もとの飼い主」)が,当該投稿によって,主観的な感情が傷ついたであろうことは想像に難くない。
 しかしながら,「感情を傷付けた」という場合,その対象は,一個人の主観的な感情に過ぎず,そのような主観的な感情が保護に値するというのであれば,私の経験した範囲でも,デタラメな数々の高裁判決を容認した数々の最高裁決定によって,弁護士である私や,私の依頼者達が,どれほど精神的に傷つけられてきたことか。そのような個人的・主観的な感情の侵害は,何ら言論・表現の正当性・社会的許容性を左右するものではありえない。

 4.翻って考えるに,本件犬の「もとの飼い主」(A子)の主観的な感情が「傷ついた」というのは,要するに,A子が「精神的苦痛を被った」ということである。では,何故,岡口裁判官の本件ツイートによって,A子の感情(精神)は,苦しみ,痛むのか? それは,本件ツイートが,正にA子にとっては,「痛いところ」を突いている(指摘している)からである。
A子にとって,「痛いところ」というのは,他人から責められると「弱いところ」,つまり,A子自身の道徳・倫理観念よっても,自らの正当性や自信によって,他人からの非難を跳ね返すことができない,といった「落ち度」が彼女自身にもあることを,「彼女自身が」自覚しているからであろう。換言すれば,他人(岡口裁判官)からの非難によって,彼女の「感情面で傷ついた」原因は,他ならぬA子自身の「落ち度」を,A子自身が自覚しているからに他ならない。このような個々人の主観的な感情は,客観的にみて正当性言論の結果,痛むことはあっても,「耳が痛い」というのであれば,A子が「耳を塞げばいい」だけの話であって,A子に対する社会的評価は,A子自身が受忍すべきレベルのものである。そのような「自責の念」を包み隠して,自分に非難を向けた裁判官の攻撃の矛先を向け,自らの「傷ついた感情」を癒そうというのは,いかがなものであろうか。

 以上の理由から,私は,岡口裁判官の本件ツイートが,裁判所法49条所定の懲戒事由には該当しないものと考える。

 

第3 東京高裁長官の本件懲戒申立ての根底にあるもの

 私は,東京高裁長官(林道晴氏)が岡口裁判官の懲戒申立てに踏み切った根底には,日本人特有の「異端排除」の思想があるように思う。具体的に敷衍すると次のとおりである。

 岡口裁判官は,法曹界では,「要件事実マニュアル」といったベストセラー(実務書)を連発するとともに,ツイッター上では,時事的な情報や,ご自身の趣味・趣向に関連する情報を日々頻回に発信することで著明な裁判官である。私自身,過去に約2回ほど,私が発信したブログのアクセス数が顕著に増えたことから,原因を探ってみたところ,岡口裁判官のツイッターに,私のブログのURLが貼り付けられていたこともあった。
 もっとも,彼の趣味・趣向の一部には,下着(ブリーフ)だけをまとった自身の裸体を露出させたり,マッチョな男性写真,陰茎の外形が露骨にわかる男性の写真等,最高裁事務総局が,「目を剥(む)く」ようなものも少なからずあり,公安調査庁よろしく,常時,裁判所当局からにらまれていたことは自明である。本件懲戒申立てに理由がないことは,前記第2で論じたとおりであるが(本件ツイートが裁判官としての「品位を辱めた」というのであれば,それまでに岡口裁判官が,私的に投稿したヌード写真等の方が,格段に「品位を辱めた」ものではなかったか。),東京高裁長官が,A子のごとく勝訴判決を得ながらも「脛(すね)に傷を持った」訴訟当事者からの抗議が寄せられたことに飛びつき,それに便乗するかの如くに,本件懲戒申立て至った背景事情としては,岡口裁判官の日常的な上記行状を無視しては語れまい。
 すなわち,東京高裁長官名義の本件懲戒申立ての「申立ての理由」には,A子に係る東京高裁判決に向けられた本件ツイートしか援用・明記されていないが,実質的には,男性のマッチョなヌード写真等の「裁判官に似つかわしくない」ツイート投稿に向けられたもの,換言すれば,「異端の排除」の思想・目的が根底にあるように思われる。
 この点,最高裁・東京高裁長官が,次々に情報を発信する裁判官に顰蹙することは,社会常識として,理解できないことではない。
 しかしながら,本件懲戒申立ての如くに,裁判官に汚名を負わせるような法的手続によって問題の解決を図ろうとすることは(懲戒処分を受けた多くの裁判官は,上司である高裁長官から肩叩きに遭い,裁判所を去ることになる。),裁判所内部での価値観の多様性を認めないといった思想統制を目的とするものであり,そのような措置は,最高裁=東京高裁長官の「独善」であり,ますます最高裁事務総局の「独裁化」を招来し,裁判官における「言論・表現の自由の圧殺」そのものであると批判せざるをえない(林道晴裁判官の前職は,「最高裁の頭脳」「最高裁判例」の理論的支柱となる首席調査官であり,最高裁事務総局と密接な関係があることは周知の事実である。)。

 以上のとおり,ただ単に「常識的な庶民感情」(C子の主張)を代弁したに過ぎない本件ツイートをもって,岡口裁判官を「異端」とみなし,東京高裁から「排除」しようとする最高裁の権力機構の仕打ちは,日本国憲法が中核的な価値とするリベラリズム(自由主義)に明らかに背馳するものである。

 よって,岡口裁判官に対する懲戒処分は相当でない。

                                                                               以 上