北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

境界型パーソナリティー障害(BPD)のゲシュタルト

 境界型パーソナリティー障害Borderline Personality Disorder 以下「BPD」という。)の人たちは,日本社会でも意外に多く,世の中に蔓延(はびこ)っている。「境界型」という用語は,「神経症と統合失調症との境界」に位置する症状として観念されてきたという歴史的経緯に由来するが,「パーソナリティー障害」というのは,「人格障害」では差別的だという誤解を受けるため,これを言い換えたものである。
 そして,「BPDの女性」が,とかく大きな事件・紛争の元凶となることが少なくない。「BPDの女性が」という形で規定したのは,もちろん女性差別を企図したものではない。医学的にもBPDは女性の方が多いとされており,私のこれまでの弁護士経験の中で取り扱ったBPDが絡む事件例は,優に片腕=5指に余るが,対象者は全員女性だからだ。

 私の弁護士経験の中で遭遇したBPD女性は,大きくは二つのパターンがある。
 第1は,従前,尊敬し慕っていた男性からある種の関係(結婚・愛情・指導等,特別な便宜)が期待できなくなったとみるや,態度を一転させ,豹変して当該男性に対する攻撃的態度に出るパターンである。第2のパターンは,これも第1のパターンの亜型に過ぎないが,美容整形外科治療の過程での医療被害を訴える女性である。顔面に加えられた施術についての失敗を訴えるが,大して外貌上の問題を指摘できないにもかかわらず,そのことを指摘すると,態度の豹変させ,「自殺したい。あの美容外科医に社会的制裁を加えたい!」と喚くパターンである。
(換言すると,前者は,BPDの被害に遭った男性から法律相談を受けて,その男性サイドに立って,彼を擁護するパターンであるのに対し,後者の方は,BPDが疑われる女性自身から直接に法律相談を受けるパターンである。)

 今回のブログは,法律紛争の中でも,とかく見落とされがちなBPDについて,注意喚起の目的で,特に裁判官や,若い弁護士,さらには,医学部の学生(私は,広島大学・法医学教室の客員教授をしている。)に講義をする思いで,管見ではあるが,私なりの「境界型パーソナリティー障害(BPD)のゲシュタルト」を整理しておきたい。ここに「ゲシュタルト」とは,「何度も経験を重ねることによって得られるある疾患のイメージ」を指す。「精神科の専門医でもないお前(=私)が何を偉そうに・・・」と思われる向きもあるかもしれないが,私が従来取り扱ったBPD絡みの事件は,その一つ一つが濃密・濃厚なものであって,裁判ともなれば,数年がかりでBPDのお相手をすることになるのであって,BPD患者の独特のイメージは,私が遭遇した一人一人が強烈なイメージ・キャラを発散し続けるがゆえに,私の心の中に深く刻印されることになるのである。

ともあれ,私がこれまでの弁護士経験から得られた「境界型パーソナリティー障害(BPD)のゲシュタルト」は,所詮,素人独自のものなので,これを語る前に,まずは,基礎知識として,医学の専門家の語る「BPDのゲシュタルト」について,紹介しておきたい(春日武彦「境界型パーソナリティー障害」;岩田健太郎『診断のゲシュタルトとデギュスタシオン2』[金芳堂]所収参照)。

 すなわち,春日先生(精神科医)が描く,境界型パーソナリティー障害の「大まかなデッサン」は,「心に途方もなく大きな空虚感を抱えた取扱注意物件」というものであるが,その要点を,私なりに要約・整理すると,次のとおりである(正確には,前記原典を直接読んでもらいたいし,「BPDと遭遇したらどうすればよいか」という問題についても,春日先生の原典にあたってもらいたい。)。

「極端な行動」に駆られがちである(派手で危険な行為,遊び半分の自殺行為,刺青・ピアス等による人体改造,野放図な性行為,自暴自棄と居直りが混在した反社会的態度等々),

❷ 世間・他人に対し「一貫したイメージをもてない」( 特定の人物への突如豹変して,激しい怒りになる等),

「妙な深読み」をする(「一を聞いて十を知る」ではなく,「一を聞いて百を知った気になる」。例えば,医師の「さようなら」の一言を「診療打ち切り」と勝手な解釈をする,些細なことに「被害妄想」を抱きクレーマーと化す等)

「衝動的」である。「被害的発想」から,キレやすく,ときに激しい言動を伴う。

❺ 気分の上下変動(躁と鬱)が激しく,情動が安定しない。

以上が,春日先生があげてみえる「境界型パーソナリティー障害(BPD)のゲシュタルト」ないしその徴表であるが,これらの内面・根底にあるのは,「空虚感・虚無感」である。したがって,BPD患者の上記各行動は,いずれもが,その動機において,「内心の空洞」の埋合せ・補償をしたいという衝動・激情(passion)を伴っており,その本態は,「自己保存本能」「生への執着」が「倒錯」に代償された行動(フロイト流にいえば,「リビドー」の発露)だ,という理解に集約されるように思われる。
もちろん,BPDには,医学的・公式的な診断基準があるが(例えば,米国精神医学会のDSM-5),医学の世界でも,春日先生のような名医と呼ばれる先生方は,当然のことながら,科学的・客観的な診断基準に先行して,各自の経験に裏打ちされた独自の「直感」からBPDを推知されてみえるようだ。その「直感」を支える「経験的法則」が上記❶ないし❺ の特徴・徴表であり,公式的な診断基準は確認手段に過ぎないものと理解される。

さて,前提知識はこれくらいにして,いよいよ本題。

われわれ法曹は,もとより法律家であって,医師ではない。まして精神科の専門医ではない。
したがって,われわれ法曹は,BPD患者を自ら直接診察することはできないので,個々の事例においても,確たることはいえないこと(厳密な医学的判断ができないこと)はいうまでもない。しかしながら,弁護士(あるいは裁判官)が取り扱う事件の中心人物(女性)がBPD患者であるか否かを鑑別できるか否かで,「事件の見立てが180度も変わる」ことが当然に起こりうるのである。それ故,弁護士(あるいは裁判官)が法律業務・裁判実務を遂行する上で,境界型パーソナリティー障害(BPD)の基礎知識,とくにその「ゲシュタルト」を知っておくことは必要不可欠の「法的知識」ないし「教養」であると考えられる。(渉外事務所のごとく,企業弁護・商取引を中心に据える弁護士にとっては,どーでもいいことかもしれないが。)

では,私がこれまでに経験した「境界型パーソナリティー障害(BPD)」の「ゲシュタルト」とは,どのようなものか。

実は,彼女らの特徴は,驚くほどに共通している。
あくまでも,「私自身の具体的経験」という狭い範囲での経験からすれば,「法律事件に絡んでくる」「BPD女性」の特徴を整理すると,次のとおりである。

❶ BPD女性は,例外なく,いわゆる「美人」である。したがって,彼女らの殆どは,多かれ少なかれ,自らの「外見」に自惚(うぬぼ)れており,その美貌・容姿端麗を鼻にかけている。

❷ BPD女性の「目」は,注意深く観察すると「虚ろ」である。彼女らの「虚空」をみつめるような,あの特徴的な「狐のような目つき」に,私は,彼女らの美貌とは裏腹に,ときに「反吐(へど)」を催すような気分になることがある。

❸ BPD女性のターゲット(対象)とされた男性に対する彼女らの評価は,あるとき・ある出来事を境に,突如,180度,変転・変貌する(尊敬・愛情の対象から,中傷・誹謗・攻撃の対象へと)。もちろん,和解すれば,もとに戻る可能性はあるが。

BPD女性の言動,特に事実主張・発言内容を,具体的かつ詳細に検討していくと,矛盾だらけで,支離滅裂である。
                             
私は,「法律的な観点から」上記❶ないし❹の特徴をもつ,女性のことを「臨床的BPD」と呼んでいる。そして,このような特徴をもつ「臨床的BPD」に遭遇した場合,私は,私の当該「見立て」「臨床診断」に確信を得るべく,私自身のブレーンや「過去の(BPD被害にあった)依頼者」ら(大学医学部の教授・准教授クラスが多い。)に話のタネに相談すると,「それは(BPDに)間違いないと思うよ。」と言って,私の「臨床診断」の正しさを後押ししてくれるのである。

 

さて,余談であるが,読者は気づかれたであろうか。

「BPD」の文字列を,右側からちょっとズラすように押すだけで,
「BB」になる。
 この文字列の変化「象徴的な」意味を。