北口雅章法律事務所

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[新釈・今昔物語]浮気がバレるパターン

私のような町弁は,あらゆる種類の離婚・男女関係の問題を扱うが,不倫・不貞がバレる場合には,いろいろなパターンがある。

最近では,GPSやメール交信記録等のハイテク技術から浮気が発覚するケースが少なくないが,このような技術のない昔は,どのようにして浮気がバレたのであろうか。

今昔物語(巻31-第10)には,浮気をした夫とその本妻とが,「本妻が,夫の浮気現場に乗り込んでくる」という共通の夢を見たことで,浮気がバレるという話が出てくる。勿論,創作も入っているだろうが,裏にカラクリがあるように思えてならない(後述)。まず,現代語訳すると,次のとおり。

尾張国の勾経方,妻の夢を見た物語 巻31-第10

今は昔,尾張国(愛知県西部)に勾(まがり)の経方(つねかた)という者がいた。通称,勾官首(まがりのかんじゅ)といい,ハイソな暮らしをしていた。
 その経方には,長年連れ添ってきた本妻の他に,愛人がいた。本妻は,愛人との訣別を迫ったが,経方は密通を続けていた。本妻は,「経方を愛人の許(もと)に居るのを見たよ」という噂を聞きつけるや,その都度,嫉妬のために狂乱状態となった。
 あるとき,経方は,京都に出張する用事が出来た。出発の前夜,「彼女の許に出向いておきたい。」と思ったところ,本妻の嫉妬が煩わしかったので,本妻には,「国府(役所)から召された」と称して,愛人の許へ出向いた。
 経方は,愛人とともに,添い寝しながら語り合っていると,つい寝込んでしまい,次のような夢を見た。「愛人と共寝をしている場に,本妻が踏み込んできて,『現行犯だわね。』といって,割り込んできて,騒いだ。」ここで,夢から目覚めた。
 このため,経方は薄気味悪くなって,急いで自宅に戻った。夜が明けると,経方は,上京の準備をしつつ,「昨晩は,役所で事務の打合せがあって,途中退出もできず,ろくに寝る時間がなかった。このため睡眠不足で調子が悪い。」と言って,本妻の傍らに座った。本妻は,「すぐに食事をなさい。」などと言ったが,本妻の頭をみると,一瞬,怒髪が立ったように見え,なんだか殺気を感じるなぁと思って,縮こまっていると,本妻が,「あなたは,随分と面の皮が厚いのね。『愛人のもとで,共寝をしてきた。』と顔に書いてありますよ。」と言った。そこで,経方が「誰がそんな根も葉もないことを言ったのか。」と虚勢を張って問うと,「何を白々しいことを。私は,夢の中で,はっきりとあなたの浮気現場を見届けましたよ。」と答えたので,経方は,内心,「まさか。でもおかしいな。」などと思って,「どんな夢を見たのか。」と問うと,本妻は,「昨晩,あなたが外出したとき,愛人の許へ行くに違いないと思っていたところ,私の夢の中で,私が彼女の許へ出向いて行くと,あなたは,彼女と二人で寝そべって,なにやら語らっていたでしょう。そこで,共寝の場に踏み込んで,『あなたたち,何やってるの!』と言って引き離してやったのよ。あなたたち二人は,びっくりして起き上がり,大騒ぎになったじゃない。」などと夢の内容を語った。それを聞いた経方は,驚いて,本妻に対し,「じゃあ聞くが,そのときこの俺がお前に何を言ったか,答えられるか。」と問うと,本妻は,経方が実際に夢の中で叫んだことを,すらすらと経方の記憶どおりの発言を再現して述べたので,経方は驚愕してしまった。その後,経方は,自分が見た夢のことは語らず,他人にこれこれと(本妻の見た夢について)驚くべきことがあったと語った。されば,心に強く思うことは,必ずこのように夢に出てくることなのだ。
 思うに,この本妻は,どれほど罪深いことだったろう。「嫉妬は罪深いことである。必ず蛇に生まれ変わることであろう。」と人々は言い合った,と語り伝えたということだ。

[新釈]
 この物語が単なる空想物語ではなく,何らかの事実に基づく話であるならば,経方の本妻は,何らかの方法で,経方の浮気を見破るとどもに,経方の「悪夢の内容」をも見透かしたことになる。どのような方法が考えられるか?
 浮気がバレる原因は,通常は,第1に,女性一般(本妻)の「動物的な勘(直感)」にある。だが,「勘」が働くにも,それなりの合理的な根拠があるはずだ。例えば,①気弱い男性の,どことなく後ろめたさを感じさせる,おどおどとした態度とか,②男性には嗅ぎ分けられない,浮気相手(女性)が焚いていた香や体臭が残存していて,その(夫にはないはずの)臭いを察知する等である。だが,これだけでは,本妻においては,夫の見た夢の内容までは,見透かすことはできない。
 第2に,想像するに,経方は恐妻家であったと考えられる。愛人宅で寝込んだ際に,良心の呵責から“悪夢”を見てしまった。そこで,おずおずと自宅に戻った後,その“悪夢”の恐ろしさが禍(わざわい)して,自宅でも同様の“悪夢”を見てしまった。このため,つい,横で寝ていた本妻に聞こえるのほどの大声で,“ごめんなさい,もう浮気はしません!,だから,そんなに怒らないで!”などと寝言を言ってしまったのではないか。このため,寝言の内容をもとに,本妻から真相と夢の内容を見透かされてしまったのではないだろうか。