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「円空の和歌」の解読 その4

 前回(その1~3)に引き続いて、関市洞戸円空記念館の解説冊子で取り上げられている「円空の和歌」について、解読を試みた。これで、本解説冊子で紹介されていた「円空の和歌」については、全て検討・解析を試みたことになる。今回紹介する和歌についても、やはり円空記念館の解説・理解と異なるところが少なからずある。和歌の性質(本質は詩である。)に照らし、やむをえないところであるが、私としては、なるべく客観的な意味の探求に努めたつもりである。

 

●わが母の 命に代わる 袈裟なれや
  法の御影は 万代(よろずよ)をへ(経)ん

[原文]予母の 命に代る 袈裟なれや
     法の形ハ 万代へん[880]

[歌意]私の袈裟(僧衣)は、わが母の命に代わるものです。仏法の御威光は、万代に輝き続けるでしょう

[備考]本歌によれば、幼少時に母親と死別したことが僧籍に入る機縁となったことが窺われる。

 

●万代(よろずよ)に めでたき神の在(ましまし)
 名を九重の 斑鳩(いかるが)の寺

[原文]万代ニ 目出度き神在て
   名を九重の いかるかの寺[952]

[歌意]いつの時代でも、素晴らしい神が鎮座されている御在所があります。その名を奈良の都の、斑鳩(いかるが)の寺(法隆寺)といいます。

[備考]弥勒寺(岐阜県関市池尻)に残された円空直筆の文書によれば、円空は、寛文十一年(1671年)七月(当時40歳)、法隆巡堯春塘より法相宗の血脈を受けたと記録されている(小島梯次「円空の血脈について」円空学会だより114号、同「円空仏入門」40頁)。このことから、円空が法隆寺に遺した大日如来座像についても、この頃に造顕されたものと推定されている。

 

 

 

●よしあしも 己(おの)が心の 閑(しずか)なる
思う心に 神ぞ守る

[原文]よしあしも をの心の 閑なる
思ふ心に 神そ守る[1145]

[歌意]物事の吉凶は、自分自身の心を平静・静謐に保てるか否かによる。心静かに心を込めて祈れば、神の加護が得られます

[備考]円空記念館の解説もほぼ同旨(「心を静かにして大自然の営み、すなわち仏の世界に任せるならば、必ず神様、仏様が守ってくださると詠んでいます」)

 

 

●歓喜(よろこび)は いつも絶(たえ)せぬ春なれや
 浮世の人を 花とこそ見れ

[原文]歓喜 イツモ絶せぬ 春なれや
   浮世の人を 花とこそ見れ[1260]

[校注]「井」の符号が付けられているので、「祝い歌」である。「見れ」の「れ」は、ここでは自発・受身・可能の助動詞「る」の連用形であろう。

[歌意]歓喜(よろこび)に満ち満ちた春の訪れです。春の訪れを祝う浮世の人々の表情を見ていると、皆さん、まるで花が咲いたようでな笑顔です。

[備考]円空記念館の解説によれば、この和歌で詠まれた「歓喜(よろこび)」とは、法悦のことだという。すなわち、「法の道(仏道)を修行して得た理(ことわり)は、感嘆するに余りあるものがあり、この喜びは絶えることなく、いつでも尽きません。」。しかしながら、「春なれや」という第三句は、明らかに「春」の事象を詠んでいるのであって、法悦は「季節限定」ではありえない
また。同解説では、「円空にとって、浮世のすべて人々が花であり、大切な師匠であったのです。」とかかれているが、「浮世のすべて人々」が「大切な師匠」であったことは、この歌から読み取れないし、何を根拠に、このような理解が成立するのか不明である。

 

●円(まどか)(なる) (はや)きだに あるものを

 我(わが)心にぞ うと(疎)まれぞする

[原文]円成 頓(ハヤ)き道たニ 有物を
   我心にそうとまれそする[1292]

[分析]「円(まどか)成(な)る頓(はや)きだにあるもの」とは、天台宗の「円満頓速」(受戒により円かにたちどころに悟りにいたる行法)を指していることは明らかであろう。

[歌意]天台宗の受戒を受ければ、「円満頓速」に悟りに至るといわれてますが、私の心には、そのような行法は疎ましく思えます。

[解釈]円空記念館の解説によれば、「天台ではすべての『心』にあらゆるものを具えると悟って、頓速たちどころに成仏すると説きますが、円空もその心を歌っています」と述べられてる。しかしながら、「疎む」の語義は、古語辞典を見ても、「いやだと思ってさける」という意味であって、本解説では、第五句の説明がつかない。やはり天台宗と天台寺門宗とでは、行法が異なり、円空にとって、本来の修法は、大峯山の岩屋に一冬籠もるなど、時間をかけた荒行(修験道)であって、形式的・儀式的な受戒によって、頓速に悟りに至るといった安直な行法には同調できなかったのではないか。

 

●立上(たちのぼ)る 天(あま)の御空(みそら)の神なるか 

  高賀山(こうかさん)の 王(おお)かとぞ念(おもう)

[原文]立上る 天の御空の 神成か
     高賀山の 王かとそ念[1196]

[歌意]高賀山を天空に向かって立ち上がっていく霧は、神々しい神の姿のようです。高賀山に御座(おわ)す、“神々の王様”、すなわち(高賀神社の本地仏である)虚空蔵菩薩のお姿かと思いました。

[備考]円空記念館の解説によれば、「雨のあがった直後の(高賀神社の)風景は格別で、高賀の山々から立ち登る雲や霧が、何とも幻想的で厳粛な景色を醸し出す」、「きっと円空も、この大自然のドラマに感動しての歌でしょう」とのことで、この理解については同調できる。ただし、私は、円空がこの歌を詠んだとき、寂蓮法師の有名な和歌「村雨(むらさめ)の露もまだひぬ槇(まき)の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮れ」(『新古今和歌集』
[歌意]にわか雨が通り過ぎていった後、まだその滴も乾いていない樹々茂みから、白く霧が沸き上がっている秋の夕暮れ時である)が念頭にあったのではないか、と想像する。

 

●法(のり)の道 御音聞(みこえをきけば)
有り難や神諸共(もろともに)(あけぼの)の空

[原文]法の道 御音聞 ありかたや
神諸共 明ほのゝ空[1377]

[歌意]仏道の修行に励んでいたら、有り難いことに、御仏の恩寵としての声が聞こえてきた。思わず、神とともに夜明けの空を仰ぎ見たことである。

[備考]信仰の歌なので、詳細は不明である。ちなみに、円空記念館の解説によれば、本歌の[歌意]について、「心から(仏法を)信仰し修行すれば、やがて神仏と一体になり、ありがたいことに、曙の空のように清々しい心となることができる」、「つまり極楽浄土の住人となることができる」と理解されている。

 

●きにたにも 御形(みかげを)(うつす)有り難や

  法(のり)の御音(みこえ)は谷の響(ひび)きか

[原文]きニたにも 御形移 ありかたや
     法の御音ハ 谷のひゝきか[1378]

[分析]難解な歌である。「きにたにも」の意味もよくわからないが、「御形(みかげを)移(うつす)」に続き、第5句に「谷」の語がみられるので、「き(木)にたに(谷)も」と考えざるを得ない(「きにた」という日本語はない)。「谷の響(ひび)き」といえば、やはり谷川の水流の音のことであろう。

[歌意](よくわからないが)谷底にあった木を使って、神仏の像を造顕できた。ありがたいことである。谷川の絶え間ない水音が、祝詞(のりと)のように聞こえてきた。

[備考]円空記念館の解説によれば、[歌意]は、深山の岩屋で神仏像を彫っていた円空には「谷川の滔々と流れる水の音までもが、ありがたい仏様の励ましの声として聞こえてきた」と解釈されている。

[後記]円空記念館の解説書で紹介されていた「円空の和歌」については、これですべて解析した。(どの程度解読できているのかは心許ないが、)私の「現時点での暫定的な」理解も包み隠さず、書き出してみた。批判的に検討していただけるとありがたい。