北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

検察庁も、「体質(運用)改善」を迫られることになるのか…?

 私が30代、40代の頃は、刑事弁護活動にも、かなりのエネルギーを投入してきた。あの当時、検察庁・検事のいいなりに動く刑事裁判官が蔓延り、ただただ検察庁の判断を追認するだけの「事勿れ主義的な決定」に翻弄され、公判前後に関係なく、「人質司法」(=身柄拘束下での弁護活動)を強いられてきた。

ところが、今朝の讀賣新聞を見ると、片隅ながら、思わず「目を疑う」ような革命的な(?)最高裁決定が出たもよう。勾留の必要性を左右するのは、罪障隠滅の現実的可能性の程度だ」だってさ。当たり前とはいえ、かつてはそうではなかった。これも御時世か。

 

裁判長は、元弁護士岡正晶判事。
「全員一致」とあるから、元検察官出身の堺徹判事も、大学二年先輩の「正論」に対しては、さすがに異論を唱えることができなかったとみえる

 

 

東大病院の医師を「逮捕」するに至るには、贈賄側に対し、既に相当程度の取調べが行われていることは自明であろう。だが、私が刑事弁護に携わっていた時代、このような常識は、刑事裁判官には通用しなかった。

 

これも御時世か。

だが、理由公表を控える事情は、「被害者のプライバシー配慮」だけではあるまい。嫌疑不十分(=証拠不足)もあろう。被疑者=外国人の犯罪を不起訴にした場合については、理由公表を原則としてもらいたいものだ。これは、「国籍による差別」の問題ではない。「国籍による『逆差別』」の問題であると同時に、わが国の警察捜査の基盤の適正化に関わる問題だからだ。