北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

洞戸村の円空

昨日,医療事故の法律相談で,
相談者から,円空記念館のパンフレットをいただいたことを機縁に,
久しぶりに,自宅の書棚から,
洞戸村・洞戸村教育委員会発行「ほらど村の円空」(1994.12)
を手にとってみた。

岐阜県・洞戸村では,1mを超す円空仏が4体保存されており,
「円空・晩年の最高傑作」を揃えた記念館というのが,
洞戸村の「円空記念館」の売りだ。

 

「晩年の最高傑作」というかどうかはともかく,
円空の凄いところは1本の丸太を垂直方向に分断して,
2躯,3躯の仏像を造顕してしまうことにもある。
洞戸村には,この意味での「円空仏の傑作」が少なくとも二セットある。

多賀神社所蔵の円空作「十一面観音像」
その脇侍の「善財童子」「善女龍王」は,・・・

実は,1本の丸太から3躯の仏像が造顕されていた。

多賀神社所蔵の狛犬も,・・・

同様,1本の丸太から造顕されている。

 

あくまで直観ではあるが,
ここには,円空の,何やら深い哲学的な意味が秘められているように思えてならない。
例えば,プラトン『饗宴』に登場する神話「人間球体説」を彷彿とさせるような・・・。

かつて人間は,2対の肢体からなる球体であり,アンドロ(男/男),ギュロス(女/女),アンドロギュロス(男/女)の三種類の球体人間だったが,非常に高慢で,神々に対し反抗的であったため,ゼウスが,球体人間を二つに分断してしまった。このため,半身となった人間は,完全に戻ろうとして,相互に相手方を求め探そうとすることになる。これが,プラトン流の「愛」,即ち「プラトニックラブ」だ。

何故,洞戸村(多賀神社)に残る円空仏が,晩年の作かといえば
多賀神社には,円空が死去した元禄8年の約3年前,
元禄5年(1692年)に,円空(当時61歳)が,大般若経を読誦し,雨乞いしたところ,大雨が降った旨の記事が裏面にある,「懸仏」( 銅などの円板に仏像・神像の半肉彫の鋳像などを付けたもの)が残されているからであろう。ちなみに,多賀神社所蔵の円空作「狛犬」の波形紋(?,あるいは雲形紋)の模様は,おそらく鉈薬師堂にて造顕した諸仏に表された紋様と同じもので,何か共通の意味があるのであろう。

多賀神社とは,こんな神社です。