北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

「30年前の下宿先」の今 ⑶ 井の頭篇

(承前)

東京都文京区「大塚界隈」を訪問し,
「ダイサン荘」の消失を確認した後,
息子の下宿へ。

山手線を新宿で降りて,
小田急線に乗り換え,・・・

息子の下宿に到着後,しばし休憩。大学の様子を聞く。

「じゃあ,これから井の頭公園に行くからな。
 父さんが,30年前,在東京最後の1年を過ごしたアパートを探しに行くぞ。」
と言い放って,出発!
いざ,井の頭線・吉祥寺駅へ。

いよいよ,今回最後の訪問先となった,
「ひまわりハイツ」は残っているか?

私は,昭和64年最後の1年間,司法試験の受験勉強をして,
落ちれば,司法試験の受験生活から「足を洗う」つもりだった。
その後は,郷里に戻ることになるから,東京最後の1年は,
井の頭公園の近所で,同公園を散歩できる場所で過ごしたかった。
理由は,単純で,ミーハー。
鎌田敏夫脚本青春ドラマ「俺たちの旅」の舞台だったからだ。


 

姉と,親友N君(現名古屋大学教授)に付き合ってもらって探した,
下宿は,当時新築直後のアパート「ひまわりハイツ」で,
ロフトベットのある洒落た部屋だった。
名前に「ひまわり」が入っていたが,
当時は,未だ弁護士志望だったわけではない。

吉祥寺駅を降りた後,
井の頭公園に向かい,池の真ん中に掛かっている橋を南方向へ渡る。
行楽客で一杯だ。池の上は,ボートだらけだ。

(肖像権は保護しておこう。)

ちなみに,私の下宿時代の池は,そうではなかった。
ドラマの世界と同様に。

30年前で,記憶は激しく減退していたが,
確か,池の橋をわたって,左に曲がり,3本目あたりの路地を,
南方に真っ直ぐ行けば,みつかるはずだが,・・・

ところが,あるはずのところにない!!
ぐるぐるしているうちに,Nさんの表札をみつけ,
大家さんはNさんだったような気がするが,
その南隣にはマンションがない!

(同じ名字だが,後で,別のNさんだと分かる)

コレかぁ??というアパートも,
イメージが違う。


確か奥の階段を上がって2階の角だった記憶だが,
このアパートは,道路手前に階段がある。
しかも,もっと部屋数が多かったような気がする。
このアパートは,アパート名がつけられていないし,
四人分の下宿しかない。

最後の1年間は,実は,S君からの手紙はなかった。
その頃は,長電話が多かったからだ。
したがって,手紙では,番地を特定できない。

う~ん,困った。
道連れにしていた息子が,
「ちょっと,手掛かりが少な過ぎるんじゃないか?」
と呆れ顔。

(実は,息子には言わなかったが,下宿前の道路から井の頭公園に向かう途中に“目印の”ラブホテルがあったのだが,さすがにツブれたのか,跡形もなくなっていた。)

しかたなく,携帯電話で,姉に電話してみた。

今,井の頭公園の近くに,○○と来ていて,
 『ひまわりハイツ』の場所を探しているんだが,
 みつからない。大家さんは,確か『Nさん』だったと思うが覚えていないか?
 部屋数は,4つばかりじゃないよね? もっとあったような気がする。」

すると,姉曰く
「井の頭4-14-15よ!」
「エッ? 何で覚えてるの??」
井の頭・ヨイヨイ・GO(ゴー)!,って覚えた記憶があるから。」
だとぉ?
「・・・,だってさ。」と息子に伝えると,
スマホで検索をかけた息子がいうに
「お父さん,一本,道の筋を間違えてるよ。」
かぁ・・。
「井の頭4-14-15はココだよ。」

と息子が指さした場所には,
『ひまわりハイツ』がない!!
が,代わりに,なんだかブリキ板調のアパートが建っている。


 

「ここかぁ??,まだ30年しか経っていないのに,
 もう全面改築しちゃったのかなぁ?」
と行って,そのアパートに近づくと。

息子が言う。
「ここだよ。間違いない。『サンフラワー井の頭』となっているから,
 同じ『ひまわり』だよ。」と。
「ありゃ,まあ。間違いないな。」

念のため,北隣のお宅の表札を確認すると,
別の表札も加わっているが,間違いない。Nさんだ。
が,大家さん宅の玄関の位置・建物も,全面改築されていた。

てな訳で,
「じゃあ,これからメシでも食いに行くか。」
吉祥寺駅前・北側の商店街「吉祥寺サンロード商店街」へ

ちなみに,
テレビドラマ「俺たちの旅」当時の吉祥寺駅前の商店街は,・・・

 

(完)