北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

ある法律学者の凄まじいほどのプライド

人間誰しも,「凡ミス」を犯す。
行政法令の細かい条文を読み落とすことは,どんなに立派な法律学者でも,当然に起こりうる。だが,高名でプライドの高い法律学者であると,どんなに小さな条文の読み落としに起因する「凡ミス」であっても,自分を許せない。「痛恨のミス」を恥じ入り,自分を責め続け,ついには,痛恨の思いが高じて,それをネタに新たな法律論文を書いてしまうものらしい。

平成28年4月に施行された新行政不服審査法81条により,地方公共団体の「附属機関(委員をもって構成される合議制の機関)」としての,行政不服審査会(市長の諮問に答える諮問機関)を設置することが求められることとなった。この関係で,私は,愛知県豊田市から,豊田市行政不服審査委員会の委員を拝命することとなり,碓井光明教授(東京大学)の論文集『行政不服審査機関の研究』なる論文集を買い求めつつ(但し,一部「積ん読」),かれこれ何件もの審査案件の審議・答申に携わってきた。もちろん,審査案件は常時存在するわけではなく,「非常勤」である。

このほど,ある裁判の関係で,「附属機関条例設置主義」の勉強をしている。
「附属機関条例設置主義」とは,地方自治体が,法律によらないで「附属機関」を設置する場合には,条例で定める必要があるという立法主義(地方自治法138条の4第3項)のことを指す。
 ところが,この勉強の過程で,必読と思われた論文の中に,碓井光明・東京大学名誉教授の論文「地方公共団体の附属機関の組織に関する法律の規律密度―拙著『行政不服審査機関の研究』の叙述の誤りを起点としてと題する論文があった。そこで,このたび,この論文を読んでみると,同名誉教授が,痛々しくも,御自身の上記論文集の中に「単なる誤記であると言い逃れできない大きな誤りの叙述がなされている箇所がある」と「自白」され,その「遠因」として,「常に法律の関係条文を確認する作業をしなければならない法律学者としてのイロハを怠った,まことに恥ずかしい」と記述されているのに出くわした。

―黙っていれば分からないものを!―どこをお間違えになったかというと,上記論文集では,行政不服審査会(附属機関)の構成員(委員)は,「常勤とすることもできる」と述べられているが,法文上は,「…非常勤とする」(地方自治法202条の3第2項)と書かれているのを看過されたもよう。
 どうやら,総務省の管轄に属する国の行政不服審査会の場合は,行政不服審査法68条2項が,構成員(委員)について非常勤とする原則を採用しつつ,三人以内は常勤とすることができる旨を定めていることから,地方自治体の場合も,それと同様と誤信してしまったもよう。この程度のミスは,どんな高名な学者でも起こりうる。問題があったとすれば,准教授や助教に査読させなかったか,准教授や助教も気づかなかったことにある。

むしろ,実質的な問題は,はたして,行政不服審査会(附属機関)の構成員(委員)について,常に全員を「非常勤」にする立法主義に合理性があるのか?,ということであろう。
この点,碓井名誉教授は,「法が一律に委員等を非常勤と定めていることは,不必要な(あるいは過剰な)規律であって,地方公共団体の『自治組織権』に対する過剰な制約であるといえよう」と述べられ,暗に,上記非常勤条項(地方自治法202条の3第2項)は,合理性を欠いており,それ故に,論文でも「勘違いしてしまったではないか!」と「恨み節」的な批判を述べておられる。

しかしながら,地方公共団体においては,行政不服審査委員を「常勤」にしてしまうと,日常的に執行機関・補助機関の職員と接する機会をもつことになるから,かえって,公正・中立さの外形・信頼が損なわれる危険がある。したがって,私は,「常勤」は望ましくないと考える。