北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

「エホバの証人」と憲法判例

若い弁護士らが、宗教団体「エホバの証人」の元二世信者らを支援する弁護団を組織し、当該宗教団体が子どもに対し宗教虐待を行っている旨の報告書をまとめ、公表し、こども家庭庁に提出したそうだ。頼もしいかぎりだ。是非、がんばってもらいたい。

 

最近購入し、面白く読んだ棟居快行著「憲法フィールドノート」(日本評論社)では、棟居先生ご自身が相談を受けたり、裁判所に意見書を提出するなど携われた憲法裁判事件・合計15件が、「当事者目線」という視角で書かれている。このうち2件が「エホバの証人」が関係する事件だった。

 

一件は、ご存知【エホバの証人無断輸血事件】

 輸血拒否を表明していた「エホバの証人」の信者である患者に対し、医師が、手術直後に血圧を回復させる目的で輸血行為を行ったことが適法(緊急避難)か自己決定権の侵害(違法)かが争われた。東京高裁は、「人はいずれは死すべきものであり、その死に至るまでの生きざまは自ら決定できるといわなければならない」と説示し、原告=患者側の請求を棄却した東京地裁判決を覆して、病院側に50万円の慰謝料の支払義務を認めた。どうやら、東京高裁の当該説示は、東京高裁に提出された棟居先生のご見解を採用したものらしい。そして、最高裁(平成12年2月29日判決)も説明義務違反による意思決定権の侵害を理由に、東京高裁の判断を維持した。
 創世記9章に「肉は、その命である血のあるままで食べてはならない」=<血を避けよ>と趣旨のことが書かれている聖書をそのままに信じる彼らとって、輸血されることは、「信仰に加えられたレイプというべき苦痛」であり、「患者の自己決定権や信教の自由が被告医師によって蹂躙(じゅうりん)された」ことになるのだそうだ。ってことは、「エホバの証人」の信者は「刺身」は食えない、ということか。

 

もう一件は、【剣道受講拒否事件】

 聖書には、〈国民は国民に向かって剣をあげず、彼らはもはや戦いを学ばない〉(ミカ書)という絶対的平和主義を説いた一節があることから、「エホバの証人」においては、高校での剣道の実技への参加が禁止され、柔道を含む格闘技のすべて拒否するよう命じられる。このため、授業参加をボイコットして退学処分をうけた信者=高専生が、退学処分の取消を求めて神戸市(校長)を訴えたらしい。神戸地裁は退学処分を適法とみとめて、生徒の請求を棄却したが、大阪高裁は、剣道必修化は適法であるが、信教(宗教的信念)から剣道の履修を拒否した生徒に対し、代償措置(レポート等)を検討しなかったこと等を理由に、教育的配慮を欠いた退学処分を違法と認め取り消した。そして、最高裁(平成8年3月8日判決)も大阪高裁の判断を維持した。
 棟居先生によれば、「剣道の必修化のように、そのことをまるで踏み絵のように個人の内面の信仰が公になってしまう措置は、それだけで宗教的プライバシー権の侵害とみることもできるのではないか。」とのこと。
 我が母校では、剣道か柔道が選択必修であった(私は剣道を選択した)。だが、剣道の剣は、真剣ではなく、ルール化された道具であって、スポーツであるとともに、精神修養の一環でもある。これを真剣と同視する独自の宗教観念をそこまで保護する必要があるのか。私は、大阪高裁や最高裁の考え方には到底賛同できない。

 

竹刀とムチとで、何処がちがうのか!?

 

 

 憲法判例は、やはり日本社会から「異端視」される存在によって形成される傾向がなきにしもあらずか。

 少なくとも、「いかなる『異端』に対しても『無限の包容力』のある方でないと、憲法学者は務まらない」と実感した次第。