弁護士のブログBlog
弁護士業界の “三種の神器(じんぎ)”
- 2018-01-11
わが敬愛する弁護士・片岡信恒先生(愛知県弁護士会)によると,
弁護士業界には,“三種の神器”があるという。
曰く,
“三種の神器”とは,
弁護士が共通して誇れる(ほこれる)三種の実績,
具体的には,
①刑事事件で無罪をとること,
②行政事件で国若しくは地方自治体を相手にして,
勝訴判決を得ること
③最高裁判所の口頭弁論に立ち会うこと
を指す。
そして,片岡先生は,昭和57年に①,平成4年に②,
さらに,平成5年に③を,各々達成し,
既に“三種の神器”(またの名を“三冠王”ともいう。)を獲得された,という。
<出典:片岡法律事務所編「事務所通信」より>
私の場合,平成4年に弁護士登録して以来,
片岡先生の薫陶を得て,
“三種の神器”の獲得をめざすよう,発破(はっぱ)をかけられていたので,
例えば,刑事事件で国選事件を受任したときは,最初から“無罪狙い”で突き進んできた。
ところが,残念ながら,刑事部門では,現在に至るも無罪判決はいただいた例(ためし)がない。
そして,“白鵬”じゃなかった,“悪法” 裁判員制度が導入されてからは,
刑事弁護からは,基本,撤退することにした。すなわち,
刑事事件は,顧問会社関係からの依頼など特別な事情がない限り,
基本的には受任しないことにしてしているので,
今後は,名古屋刑務所事件の再審請求が認められない限りは,
刑事部門の“三種の神器”については,既に獲得に向けた展望は殆どない。
ところが, “三種の神器”のうちの残る二つの部門(前記②③)については,
幸いにも,一昨年(平成28年)の7月8日,一挙に獲得することができた。
国を相手とする行政訴訟につき,東京高裁で敗訴判決を受けていたところ,
最高裁から口頭弁論の呼び出しを受けて,これに立ち会い(前記③),
逆転勝訴判決という僥倖(ぎょうこう)を得ることができた(前記②)からだ。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/000/086000_hanrei.pdf
ところで,
わが弁護士業界には, “三種の神器”の他に,
“三種の神器(じんぎ)”ならぬ,
“三種の仁義”というものがある。
(私が勝手に提唱しているだけだが…)
弁護士たる者,
①同業者たる弁護士を批判してはならない。
②裁判官・検察官を安易に批判してはならない。
③法科大学院出の弁護士をバカにしてはならない。
以上が,私のいう“三種の仁義”であるが,若干,注釈が要(い)りそうだ。
まず,上記①であるが,
「①弁護士は,同業者たる弁護士を批判してはならない。」
弁護士を批判することは,やはり避けるべきであるが
(弁護士職務基本規程70条,旧弁護士倫理規定43条後段参照),
日本弁護士連合会(日弁連)や,弁護士会がアホなことをやった場合は,
大いに批判してよろしいし,むしろ,批判すべきだ。
最近の歴代・日弁連会長については,“真正のアホ”ではないか?
と,私には思えるほど,彼らの言動には,強い怒りを覚える。
次に上記②であるが,
「②弁護士は,裁判官・検察官を安易に批判してはならない。」
現役の裁判官・検察官を直接批判することは,やはり避けるべきであろう。
(昔,某検事総長に宛てて,同総長及び検察庁を批判する文書を送りつけ,
愛知県弁護士会の掲示板に貼り付け“公開”したら,“後悔”することになった。
今は亡き石原ボスから,「やめなさい!,逮捕されるぞ!」という譴責のFAXが
突如,事務所に流れてきたお陰で,難を免れたが。)
但し,退官後のヤメ判・ヤメ検による,弁護士業務外の活動を批判することは,差し支えないと思う。
現に,本ブログでも,元検事長を批判しているが,好評をはくしているようだ。
https://www.kitaguchilaw.jp/blog/?p=1345
最後に上記③
「③(旧司法試験組の弁護士は)法科大学院出の弁護士をバカにしてはならない。」
であるが,
「お前は,法科大学院制度を批判しているではないか」と批判されそうである。
なるほど,私は,「法科大学院制度」こそ諸悪の根元であり,
司法改革の大失敗の“象徴的存在”である,といった趣旨のブログを続々と書いている。
https://www.kitaguchilaw.jp/blog/?p=349
https://www.kitaguchilaw.jp/blog/?p=211
https://www.kitaguchilaw.jp/blog/?p=205
しかしながら,私は,法科大学院制度は批判しているが,
法科大学院出の弁護士を,法科大学院卒であるがゆえに直接批判したことはない。
彼らは,むしろ,“無用の長物” である法科大学院から
“高い授業料”を“搾取”される一方で,大して役立たない「机上の」法学教育しか受けられず,
時間的に限られた「手抜き」の司法修習しか受けさせてもらってない,
実に可哀想な「被害者」なのだから。