北口雅章法律事務所

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円空「袈裟山千光寺百首」の冒頭3首

AIに相談しながら、読み解いていくと、……
……とめどもなく、深掘りできる。

 

[1]「(すめらぎ)のけさ鏡の榊葉葉に
   みもすそ川(五十鈴川)の御形おがま

・「すめらぎの」:天皇、又はその祖神(天照大御神)を指す。
・「けさ(袈裟)」:前の歌と同様、僧衣である「袈裟」を指すが、ここでは神仏習合の思想に基づき、神のまとう神聖な衣を象徴している。
・「鏡の榊葉(さかきば)」:神事の象徴である榊の葉。その一枚一枚が、神の依代(よりしろ)である鏡のように、真実を映し出すものであるという表現。
・「みもすそ川」:伊勢神宮の内宮を流れる五十鈴川(いすずがわ)の別称
・「御形(みかげ)」:神仏のお姿、形。
・「おがまん(拝まん)」:拝もう、拝み奉りたい。

[現代語訳(逐語訳)]
天皇(天照大御神)の尊い着衣(袈裟)であり、神鏡でもある榊の葉の一枚一枚に、五十鈴川の(清らかな水が映し出す)神のお姿を拝み奉ろう。

[意訳(解釈)]
天皇の祖神(天照大御神)がまします伊勢神宮の森、その神聖な榊の葉一枚一枚には、神仏の尊い衣(袈裟)の輝きと、真実を映す鏡のような清らかさを感じ取ることができます。五十鈴川の清流がすべてを浄化するように、この目の前の五十鈴川の中に現れた神のお姿を、ただ一心に拝み続けよう。

[AIの解説]
この歌の興味深い点は、「榊の葉」の一枚一枚を「神のお姿(御形)」として拝んでいるところである。円空は、木の中に仏が宿っていると考え、その木を削り出すことで仏を「顕現(あらわ)」にした。この歌においても、目の前の植物や川といった自然のディテールすべてに神仏が宿っているという、円空特有の「汎神論的」な世界観が色濃く表れている。
この次の和歌で詠まれている、「やわらぐる日(穏やかな救いの光)」が、この歌では「みもすそ川(清烈な水の浄化)」へと繋がり、円空の信仰が光と水、そして樹木という自然そのものに向けられていたことが分かる。
 本和歌を歌集の冒頭に配置した理由は、「敬神崇祖(けいしんすうそ)の礼」、すなわち、当時の歌集において、まず「すめらぎ(天皇・皇祖神)」や「伊勢の神」を称える歌を冒頭に置くのは、一切の修行や表現活動を始めるにあたっての、最も重要な礼儀(法楽)とされていた。それとともに、仏教の山である「袈裟山」の歌集でありながら、最初に伊勢の神を詠むことで、「神と仏は一体である」という自らの信仰の基盤(神仏習合)を宣言したとも言える。

[伊勢への「追憶」か、あるいは「観想」か]

円空が伊勢を訪れたのは延宝2年(1674年)頃とされており、袈裟山に滞在したのはその十数年後の元禄年間(1690年前後)である。したがって、本和歌には、「かつて訪れた伊勢の地を思い返して詠んだ」という側面は確かにある。しかし、円空にとってこれは単なる「思い出」以上の意味を持っていたと考えられる。すなわち、修験者である円空にとって、特定の霊山(袈裟山)に籠もることは、日本全体の聖地(伊勢や熊野)と精神的に繋がることを意味していたと考えられる。あるいは、伊勢を懐かしむと同時に、「この飛騨の山こそが、伊勢から続く神仏の慈悲に包まれた場所なのだ」という現在の実感を詠んだとも解釈できる。この意味で、本和歌にある「鏡の榊葉(さかきば)」や「みもすそ川」という言葉は、飛騨の山中にある木々や清流を、伊勢の神聖な風景に重ね合わせて、「観想」していた可能性が高いと思われる。特定の場所に居ながらにして、日本中の神々をその地に呼び寄せるようなスケールの大きさを感じさせる。
「鏡」、「榊(さかき)」、「五十鈴川(みもすそ川)」は、伊勢神宮や天皇(すめらぎ)に連なる神道の極めて清浄なイメージとつながる縁語である。

 

[2]「ちわやぶる(千和屋振)神のうてな(台)に世世かけて
   妙なるけさ(今朝・袈裟)のやわらぐる日に

・「ちはやぶる」:「神」にかかる枕詞。勢いが激しい、荒々しいさま。
・「神のうてな」:「うてな(台)」は仏像の台座や神仏のまします聖域を指す。彼が造顕してきた木造の神仏像の象徴ともいえる。
・「世々かけて」:遠い過去から未来永劫、の意味。
・「妙(たえ)なるけさ」:「妙(たえ)なる」は、尊く、優れているさまを指し、「けさ」は、袈裟〈袈裟山の袈裟と、僧衣の袈裟を掛ける〉と今朝の掛詞。仏法に帰依する証としての袈裟、又は、悟りを開いた瞬間の清々しい朝の光を指す。
「やわらぐる日」:「和(やわ)らぐ、つまり荒々しい心が静まり、慈悲の光が万物を包み込むような平穏な一日を表現する」というのがAIの回答であるが、冬を越えて、朝の寒さが和らいできた、という季節感を示した語ではないか。

[現代語訳(逐語訳)]
荒神の(鎮まる)台座に、幾世もの長い時間をかけて、尊く優れた(仏の)袈裟が(あるいは、妙なる法に包まれた今朝が)、万物を和らげ照らす日の光の中で。

[意訳(解釈)]
私は、修行として、数々の神仏像(「神のうてな(台)」)を時間をかけて丹念に彫り続け、今日に至った。そして、厳しい冬の修行を経て、寒さが和らいだ今朝、清々しく温和な心境で袈裟山での朝を迎えることができたのだ

[AIの解釈]

「ちはやぶる(荒ぶる)」という激しい言葉で始まりながら、最後は「やわらぐる(穏やかになる)」で終わるこの構成は、厳しい修行の果てに辿り着いた、すべての角が取れて丸くなり、温かい光に包まれるような心の変化を象徴していると言えるでしょう。この歌からは、何万体もの像を彫り続けるという過酷な行が、最終的には自分自身や世の中を優しく「和らげる」ためのものであったことが伝わってきます。なるほど。

 

[3]「こけむしろ(苔・筵)かわらぬ色をけさぞ見る 行末かかる宿の若松

・「こけむしろ」:苔をむしろ(敷物)に見立てた表現。悠久の時が流れている象徴。
・「かわらぬ色」:松や苔が一年中緑を保つこと。転じて「不変」「永遠」を意味する。
・「けさ」:今朝(この朝)と袈裟(山)の掛詞。
・「行末(ゆくすえ)」:将来。これから先、長い年月。
・「かかる」:「(枝が)懸かる」と、この宿に「関わる」を掛けている可能性がある。
・「宿の若松」:宿(千光寺)に植わっている、勢いのある若い松。

[現代語訳(逐語訳)]
 苔のむしろ(のように地面を覆う緑)が変わることのない緑色を保っているのを、今朝、この袈裟山で、見入った。行く末長く、この宿(千光寺)に、このようにかかり続けるであろう、庭の若松よ。

[意訳(解釈)]
この千光寺にの庭一面に広がる苔の緑は、季節が巡っても変わることなく、この山に流れる悠久の時を物語っている。その不変の輝きを、私は今朝、この袈裟山の清々しい空気の中で深く実感している。この千光寺の庭に立つ若々しい松が、これから先も長く枝を伸ばしていくように、私の修行の道もまた、神仏の加護の中で、続けられることを祈るばかりだ。

[AIの解釈]
 円空が袈裟山での修行を始めるにあたっての、清々しい決意を込めた和歌である。[1]では、「みもすそ川」という「水」のイメージを用いているのに対し、[3]では、「松や苔」という「緑(植物)」のイメージを用いている。円空にとって、飛騨の豊かな自然はすべて、神仏の力を視覚的に証明してくれる「色」だったのであろう
「行末かかる」という言葉には、円空自身がこの地で多くの仏像を残し、それが後世まで人々の拠り所となることへの、静かな予感も含まれているのかもしれない。

[「若松」は、何を象徴したものか(AIの解釈)]

「若松」という言葉には、単なる庭の風景を超えた、修行者としての重層的な象徴性が込められている。

1. 「不変」と「新生」の二面性。
 松は古来より、冬でも葉を落とさないことから「長寿」や「不変の節操」の象徴である。しかし、円空はそこに「若」という字を添えた。不変(松):神仏の慈悲や真理は、時代が変わっても苔の緑のように変わらない。新生(若):その不変の真理を、今この瞬間に新しい命として受け取っている自身の修行の瑞々しさ。円空にとって、何千体もの仏像を彫り続ける行は、常に新しい木(命)と向き合う「若々しい」営みであったはずである。

2. 「袈裟山(千光寺)」の再興への願い
 歴史的背景を重ねると、この「若松」には、より具体的な意味が見えてくる。円空が滞在した当時の千光寺は、荒廃から立ち直ろうとする再興の時期にあった。このことから、「宿の若松」は、千光寺そのものの象徴とも取れる。厳しい歴史を経て、再び若々しく枝を伸ばし始めた千光寺の行く末(未来)を、円空は自身の彫刻行とともに寿(ことほ)いでいるのである。

3. 「神の依代(よりしろ)」としての松
 一首目[1]の「榊(さかき)」が神を招く依代であるように、本和歌[3]の「松」もまた神が「待つ(マツ)」、あるいは神が「降りる」木とされてきた。一首目[1]の伊勢の「榊」(抽象的・根源的な神の気配)、三首目[3]の袈裟山の「松」(具体的・眼前に現れた神の命)、というように、[1]から[3]へと読み進めることで、円空の視線が「遠くの聖地(伊勢)」から「目の前の現実(飛騨の山)」へと降りてきていることが分かる。円空の歌集において、植物の名前は単なる写生ではなく、自身の精神状態を投影する「デバイス」のような役割を果たしている。

植物    ―象徴する意味 ― 円空の心情、
榊(さかき)―聖域・境界 ― 畏敬の念、修行の始まり
苔(こけ) ―悠久・静寂 ― 長い修行の蓄積、土地への馴染み
若松    ―希望・持続 ― 未来への決意、場所の繁栄

この「若松」の歌の後を読み進めると、さらに山の奥深くへと分け入るような描写や、具体的な仏教用語が登場し、円空の思索がより深まっていく様子が見て取れる。