弁護士のブログBlog
近所の書店の店頭に平積みされていた。
本の帯に
「舞台は超エリート大学病院。
医師たちの序列と差別意識,傲慢と卑屈だけが炸裂!
現役医師だからこそ描ける
抱腹絶倒,
本音の医療小説!」
というキャッチコピーと,
「医学部でいちばん偉いのは,何科の教授だと思うかね?
臓器の王様・心臓を扱う医師がいちばん偉いに決まってるんだよ!」
という「『臓器のヒエラルヒー』を口にして憚らない心臓至上主義の循環器内科教授・徳富恭一」の言葉が並ぶ。
思わず,買い求め,一気読みしてしまった。
舞台は国立大学病院の最高峰,天都大学医学部附属病院(天大病院)。
物語は,同病院の病院長:宇津々覚(救命救急部教授)が,
突如「不審死」したこと契機として始まる。
そして,
天大病院における4名の副院長が,「次期病院長の座」をめぐって,
熾烈な「院長選挙」に向けた事前運動をくりひろげる。
その4名の副院長の顔ぶれは,
循環器内科教授・徳富恭一(世界的研究実績をもつ「エース」)
消化器外科教授・大小路篤郎(消化器外科学会の大御所)
整形外科教授・鴨下徹(若手・改革派の旗手)
眼科教授・百目鬼洋右(副院長の中で最年長,稼ぎ頭)。
以上4名が,次期「院長選挙」活動を展開する中,
『医療崩壊の救世主たち』というタイトルのもと,
「天都大学医学部附属病院(天大病院)の内実に迫るノンフィクション」を企画した
ルポライター・吉沢アスカが,「日本医療の縮図」を描くべく,関係者に対し取材をする,
といった設定のもとに物語が展開する。
確かに,本の帯にも「本音の医療小説!」と書かれているとおり,
「現役医師だからこそ」書ける,医療界の内情の「一面」又は「傾向」を,
「象徴的に」,あるいは,「極端に誇張して」
「暴露」「風刺」した各種エピソード,発言等は,
随所で,「抱腹絶倒」ものだし,
われわれ外部の人間には,非常に勉強にもなる。
この意味で,医療過誤事件を扱う弁護士にとっては,
医師らの深層心理・臨床感覚を知り,
知的エリート達の人間性,あるいは病院内の人間関係の一面を理解する上で,参考になり,
単なる「娯楽小説」としても,「精読の」価値がある。
この本の凄いところは,
「ありえない」エピソードとは知りつつ「空想」するだけで愉快になる反面,
いやいや,あるいは,ひょっとして,
これに類する実話,原体験が「筆者の医師仲間」の中であったのではないか?
このような奇行をする「変態教授」がいてもおかしくないのではないか?
と思わせる程度の「リアリズム」を備えているところにある。
(もっとも,大抵の逸話・挿話は,我々の周囲にも少なからず存在する「医師」以外の奇人・変人にモチーフがあるか,さもなくば,昔流行った「Tom & Jerry」のドタバタ劇からの連想によるものと思われるが・・)
例えば… (以下,一部【ネタバレ注意】)
1.鴨下(整形外科教授)と百目鬼(眼科教授)との関係にまつわる挿話
鴨下発言「ヤツ(百目鬼)は,天大病院の吉良上野介なんです。…
⑴ …外来から病棟に上がるとき,僕(鴨下)がエレベーターに乗ろうとしたら,
先に乗っていたヤツ(百目鬼)が閉のボタンを押したんですよ。こっちが急いで
いるのを知りながら,そんなことをするんですから大人げないでしょう。
⑵ …病院の駐車場が満車だったとき,一台が出そうだったので
僕(鴨下)がバックで入れようと待っていたら,車が出たとたんに
頭から突っ込む車があったんです。百目鬼ですよ。
ジジイのくせに真っ赤なアルファロメオなんかに乗って,バカですよ。…」
⑶「新年会は帝都ホテルの中華料理のブッフェだったんです。
アワビの姿煮が一個だけ残っていたから,僕(鴨下)が取ったら
百目鬼のジジイも狙っていたらしくて,そのアワビは私がとかなんとか,
声を震わせたんです。僕が知らん顔で食べようとしたら,あの糞ジジイ,
僕のネクタイに醤油をかけたんだ。信じられますか。天都大の医学部の教授がですよ」
「だから僕が,そんなにアワビが食べたいなら食えよと言って,床に投げてやった。
拾ってでも食べるかと思ってね。そしたらヤッコさん,顔を真っ赤にして,
横にあったシュウマイを投げつけてきた。僕もアタマにきたから,
オマール海老の爪をちぎってヤツの鼻をはさんでやった
するとジジイはチャーハンを手づかみにして,バラバラと投げてきたんで,
僕も負けじとフカヒレスープをお玉でひっかけてやった。
そしたらジジイは年寄りとも思えない身のこなしでかわし,春巻きに手を伸ばしたので,
僕は北京ダックをひっつかんだ。そこでみんなに止められたんだが,
ジジイは眼科の医局員にホールドされながら,泣きそうな顔で叫んだよ。
高いものばっかり使うな。もったいないじゃないかってね。
自分の貧乏性をさらけ出して恥をさらしたんだ。…」
⑷ (医局員間の結婚披露宴で)
次の瞬間,百目鬼が手元にあったコーヒーを鴨下の顔にかけた。
「ぶはっ,何をするんだ」
鴨下が顔を払い,ブランデーを取って百目鬼の顔に浴びせる。
「こ,この無礼者!」
百目鬼は一喝するや,フルーツの皿からバナナを抜き取り,ブーメランのように投げつけた。鴨下はとっさに身をかわし,別の皿から丸のままのメロンをつかんで砲丸のように投げつける。間一髪で避けた百目鬼が怒鳴った。
「また高いものばかり使いおって,食べ物を粗末にするな」
「アンタが先にやったんじゃないか,この貧乏ジジイ」
2.耳成(耳鼻科教授)のビョーキ
(ゴルフコンペで)
…ところが,まさかと思うような場面があった。十二番の深いラフに打ち込んだとき,
耳成は見事にリカバリーしたが,ショットのあとにティーが飛んだように見えたのだ。
横目で確認すると,やはり新しいティーが落ちていた。アスカたちに見えないようにボールをティーアップしたのだ。
…十五番の砲台グリーンでは,最初にボールをのせた耳成がなぜか駆け足で
ピンフラッグを抜きにいった。
…耳成はそこ(カップの四メートル手前)にあったボールを取り,マーカーをわざと
カップのそばに投げたのだ。マーカー飛ばし,またの名を,“銭形平次”と呼ばれる不正だ。
そのあとも,耳成は,…林に打ち込んでロストになりかけたときは,
「ありました」と,ずいぶん前方でボールを見つけた。
なくなったボールの代わりに,別のボールをポケットから落とす“卵産み”の不正だ。
…
「耳成先生のプレーおかしくないですか。」
…
「あれは耳成君の病気なんだ」
「病気って,ただの不正行為じゃないですか。注意しないんですか」
「注意しても治らんから病気なんだ」
まじめに答えているのか,ふざけているのかわからない。アスカも開き直って聞いた。
「病名はあるのですか」
「うん。ビョーキという名の病気だ」
「いっしょにプレーして不愉快じゃないですか」
「こちらも適当にやるから不愉快じゃない」
理解したがい感覚だ。百目鬼が思慮深い老猿のような表情で言った。
以上のごとく,面白いは面白いのだが・・・
ただ惜しむらくは,個人的には,次の二点。
1.某教授(対立候補)が,徳富教授(循環器内科)にトラップをかけるシーン。
「今日,徳富先生にお願いに上がったのは,わたしの論文のラスト・オーサーになって
いただきたいということなんです」
…
「異例のご依頼ですな。首都医科学センターは,たしか笹岡先生がトップのはずだが」
…
「わたくしの論文のテーマは,心筋細胞の再生です。骨格筋の細胞に多能性を獲得させ,
心筋細胞に分化させる技術を開発いたしました。『ネイチャー』に投稿したのですが,
あり得ないとリジェクトされました。笹岡先生に相談しましたら,書き直しても簡単には
アクセプトされないだろうから,循環器内科の権威である徳富先生のお名前をお借りして,
論文の正当性を高めようとおっしゃるのです。」
・・・これは,明らかにスタップ細胞に関する「笹井」くんのモジリであろう。
彼は,WADASUの母校(旭丘)の1期後輩のエースだった男だから,このようなモジリは
勘弁してやって欲しい。
2.また,最後の「結末」における「どんでん返し」は,
筆者なりに考え抜いた「オチ」であろうが,
やはり,笑い飛ばせない「後味の悪さ」を覚えたのが正直なところだ。
それでも,作家・久坂部羊氏の,医学に関する蘊蓄・教養と,ユーモアのセンスは,
井上ひさしの名作「吉里吉里人」を想起させるレベルの高さで,
是非とも,同作家の,他の「医療小説」も拝読したいと思った。