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清滝寺(栃木県日光市)の円空作・不動明王像の神髄

「円空仏」の不動明王と護法神を描いた水墨画が,
ヤフー・オークションで,二点出品されていた。

紹介記事によれば,画家の名は,田中治郎吉氏(生没年不詳)で,
画歴については,東京都町田市美術協会会員,
アートコンテスト町田市展受賞とのみ書かれている。

同じ画家の「円空仏」以外の作品(例えば,「ロミオとジュリエット」の舞台で有名な,イタリアの古都・ベローナの風景画)も出品されているので,円空仏について,特に関心があるというわけでもないらしい。では,数ある円空仏の中で,上掲・各円空仏の何処が,彼の美的関心を惹きつけたのであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

前掲円空仏は,清滝寺(栃木県日光市清滝町)所蔵の不動明王像(部分)と,薬師寺(岐阜県羽島市上中町長間)所蔵の護法神であり,円空仏の中では,いずれも比較的有名な部類に属する。

 ところで,田中氏の円空仏に関する「鑑賞力」は,率直に言って,あまり「お目が高い」とは言い難く,前掲・水墨画は,おそらくは,「実物」を見て写生したものではく,単なる「写真」を見て模写した可能性が高い。

 他人をこき下ろすのは本意ではないが,歴史的な文化財を芸術の対象として取り組む「一流」の芸術家であれば,当然のことながら,「実物」をとことん観察する。「ほぼ35年,ぼくは人生の過半を,カメラを背負って古寺を巡ってきたのである。」という写真家・土門拳は,仏像を撮るときの様子について,次のように述べている。

「仏像を写すには他のモノと同様に仏像をじっと眺めることだ。静かにじっと眺めることから,仏像が何を表そうとしているのかを観ることだ。」(土門拳「仏像を撮るには」昭和49年4月号『フォトアート』)と。また,「土門拳は大変な読書家で,撮影する寺,仏像についての事前調査も徹底しており,独自の歴史観,美術的見方ももっていた。」という(伊藤由美子[八王子夢美術館館長]「土門拳と古寺巡礼」)。

 清滝寺の不動明王像は,いうまでもなく,朽木の自然をそのまま作品に取り入れた『火焔光背』の迫力にこそ,造顕の特徴がある。

 若干補足しておくと,日光山内から遷座されたとされる円空作・千手観音(栃木県鹿沼市・広済寺)の背面には,「天和二年(1682年)九月九日釋円空刻之」と墨書されていることから,本不動明王像も,同じ頃に造顕されたものと考えられている(小島梯次「円空仏入門」76頁以下参照)。つまり,本不動明王像は,円空が北関東を巡錫していた50歳前後の頃,人生において,最も気力・体力ともに漲り,円熟期を迎える時期の作品なのであり,光背の火焔を介して,庶民の煩悩を焼き尽くさんと願う円空の造顕意欲を感じさせるのが,本不動明王像の『火焔光背』なのである。特に,円空作の他の不動明王像の殆どが,木の材質ゆえに,火焔を表現できていない。寛文後期(1670年前後)に造顕された岐阜県羽島市の観音堂蔵の不動明王像しかり。貞享年間(1685年前後)に造顕された岐阜県武儀郡上之保村の不動堂の不動明王像しかり。元禄年間(1688-1695入寂)に造顕されたと言い伝えられている愛知県尾張旭市の庄中(しょうなか)観音堂の不動明王像しかりである。『火焔光背』を朽木で表現した不動明王が他にないわけではないが(例えば,群馬県渋川市にある不動明王や,埼玉県春日部市の個人蔵のそれ),迫力・造形美において,清滝寺の不動明王のそれに劣る。このことからも,本不動明王の『火焔光背』は,たとえ躯体に付随するものであっても,稀少価値を伴う中核的要素なのだ。

 

 このような対象作品の中核部分を殊更削ぎ落として描写することは,普通は考えにくい。現に,梅原猛「歓喜する円空」の[口絵]に出てくる前掲カラー写真の本不動明王も,その中心に『火焔光背』を据えた構図となっている。逆からいえば,田中氏は,本不動明王の『火焔光背を含む』全体像と,その顔のみに着目した部分像が載せられていたはずの写真集のうち,顔の輪郭のよりハッキリした方の写真(例えば,上掲写真)を水彩画の題材に選んだに違いない,というのが私の推理である。

 

 

 

 

 なお,田中氏の護法神の画の方は,左掲・写真を模写したものと思われるが,薬師寺(岐阜県羽島市上中町長間)所蔵の護法神である。「護法神」とは,文字通り「法」=「仏法」を護(まも)る神の意で,神仏習合を前提に,円空が創作した神である。
  円空は,同町内にある観音堂にも,護法神像 (下掲)を納めており, これには「延宝七年」(1679年)と墨書・ 記銘されているので,同じ頃に造顕されたものと考えられている(梅原猛「歓喜する円空」298頁,長谷川公茂「円空 微笑みの謎」71頁等参照)。

 

(注)「円空」,「円空仏」について,ご存知のない方へ

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私が,愛知県弁護士会の会報に投稿した入門記事(エッセイ)を掲載してありますので,
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