北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

「人間のクズ」という評価は,人格否定か? ※追記あり

「最低の人間」のことを「クズ(屑)」というが,
あくまでも他人を罵倒するときに使う「比喩」であって,
罵倒する相手の「人格を否定」する趣旨ではない。
こんなことは,社会常識として,当たり前のことだ(と思う)。

2014年(平成26年)の東京都知事選の際,
田母神俊雄・候補を応援すべく,街頭演説に立った百田尚樹(当時NHK経営委員・放送作家)が,対立候補の細川護煕(元首相)、舛添要一センセイ(元厚労大臣)、宇都宮健児(元日弁連会長)の各候補について,「人間のくず」と罵倒したことで物議をかもしたことがあった。
もちろん,「人間のクズ」というのは,百田尚樹氏が乱発する
彼特有の「極端なブラックユーモアを含んだ」人物評価である。
偏向しているという批判はあろうが,
百田尚樹が罵倒相手の「人格否定」発言をしたなどとは,
誰も思わない。

昔,「弁護士のくず」というマンガ(井浦秀夫著)が流行ったが,
昔,当事務所で雇ったことのある某女性弁護士から言われたことがある。
「先生(私のこと)って,『弁護士のくず』に似たところがありますね。」と。
この彼女の言葉に,敬意はあっても,軽蔑の意は含まれていなかったと思う。

 

何故,こんなことを弁護士のブログで,とりあげるのか。

昨年,「運動部内で『いじめ』があったか否か」が争点となった裁判で,
裁判所から,私の依頼者(BとC)がAに対し「いじめ」をした(いずれも,当時高校3年生),
という認定を受けて敗訴した(現在,控訴中)。

私は,判決理由を読んで,正直,思わず口が開いた。

当時,高校運動部の部室内で,AとBが喧嘩を始めたのを,Cが端から見ていた。
Aに殴られて,顔を血だらけにされたBは,顔を洗って帰宅し,
他方,顧問の教諭を部室に呼んだAだけが,顧問の到着を待つべく部室に残ったので,
「危ない」と直観したCも,Aとともに部室に残った。

2人になったところで,
Cは,Aが「自分からは一切手を出していない」と言い張ったので,
「お前(A)が先に手を出したではないか。」
と非難を始め,その非難が高じて,
Aのことを,
「ゴミはゴミらしく死ねよ。」
「アスペ」,「疫病神」などと非難した。
(Aは,その会話内容を,スマホで録音していた。)

ところが,
裁判所は,CがAに向けて発した上記発言をもって,
「(Aの)人格を著しく否定する発言」だと断定し,かつ,
日頃から「(Aの)人格を著しく否定する発言」を繰り返していた,
とまで推認して,
CによるAに対する「いじめ」を認定してしまったのだ。

???,と思った。

Cとしては,やや言い過ぎた面があったことは否定しないが,腹立ち紛れに
「ゴミ」等という「比喩」を使ってAを罵倒したに過ぎないのであって,
Cの「人格を著しく否定」する意図など,あるわけがない。
原審合議部の裁判官達は,
紙くずのような判決書」だ!!!
と原判決を罵倒しようものなら,
「裁判官としての人格を否定された」と思うのであろうか?

 

※追記

本投稿を読んだ,女性弁護士や,わが娘からも,「やはり『クズ』や『ゴミ』というのは人格否定ではないか?」という反論があった。

が,そうじゃないでしょう!!

単に,リテラシーの問題や,ボキャブラリー(語彙)不足の問題を「人格否定」の問題にすり替えてはいけない。人格否定というのは,例えば,われわれの学生時代の道徳の教科書に書かれていた例,具体的には,アイヌ人を指して,「あっ,犬だ。」というのが,人格否定の典型例であって,絶対に言ってはならないことだ。限界事例は,「鬼畜米英」ってところか?