北口雅章法律事務所

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「アンティゴネによる埋葬」をめぐって

ギリシャ神話によれば,デバイ王・オイディプスには,息子として,A(エデオクレス)とB(ポリュネイケス)兄弟と,彼らの妹に当たる娘のC(アンティゴネ)がいた。オイディプス王亡き後,ABが王位をめぐって争い,一騎打ちの末に,AB共倒れとなり,両者ともに死亡した。
 そこで,オイディプス王の弟D(クレオン)が,急遽,デバイ王を嗣ぐことになったところ,Dは,Aの遺骸は,丁重に埋葬したが,Bの遺骸は,埋葬を禁止し,城外に野晒しにした。これに対し,妹のC(アンティゴネ)は,兄Bの遺骸に砂をかけて埋葬したため,国禁を破ったとして逮捕され,国王D(クレオン)の前に引き出される。

このとき,国王D(クレオン)は,C(アンティゴネ)に対し,「お前の行為は,固く禁止された国の“永遠の掟”を踏みにじったものであって,不遜・傲慢きわまりない。」と非難したのに対し,Cは,要旨次のとおり反駁した。「今回の命令は,“ゼウスの神”が出したものでもないし,“正義の女神ディケ”が出したものでもない。私は,死後,“神々の裁き”を受けるでしょうが,“神々の不滅の掟”は誰にも知られていない。たとえ国王から死刑宣告を受けても,同じ母親から生まれた兄の亡骸が野晒しのまま放置されることの方が遙かに苦しい。国王は,私の愚かさを責めるが,私のことが愚かに見えるのは,あなたの方が愚かだからだ。」

【出典】ソポクレス『アンティゴネ』福田恒在訳

 

国王D(クレオン)と,C(アンティゴネ)の主張をそれぞれ要約し,両者の論争における対立軸を一つとりあげた上で,今日における社会現象の中から同様の対立軸をもつ事情を挙げ,当該事象における各々の立場の主張について論じなさい。・・・という趣旨の問題が,昨日(令和2年10月24日),とある国家試験に出たらしい。

対立軸は,法哲学の観点からは,いろいろ考えられる。
真っ先に思いつくのが,「法(クレオン)」と「倫理(アンティゴネ)」の対立問題だろう。

江戸時代,「法と倫理」の相克が問題となったのが,忠臣蔵だった。
主君の仇討ちに成功した赤穂浪士の処遇をめぐって,「法」を重視する立場からは,全員打ち首・獄門とすべき案件であるが,幕府が採用していた儒教倫理「忠君」の観点からは情状酌量(救命論)の余地がある。幕府は,救命論を制して,「倫理」(武士道)への配慮(切腹)を認めつつも「法の貫徹」(死罪)を建白した荻生徂徠の意見を採用して,47士全員に切腹を命じた,・・・と記憶している。

さて,この「法と倫理」の問題を「今日における社会現象」の中で論ずるとなると,倫理的な価値観の対立する問題は,かなり政治的にきわどい問題を想起せざるを得ない。このため,受験生諸君としては,悩むところではなかったか。
「君が代斉唱拒否問題」,「良心的兵役拒否問題」あたりが真っ先に思いつくが,出題者は,こんな問題を論じさせたかったのか?

では,「法と倫理」以外の対立軸はあるのか?
法哲学的には,他に「法実証主義」と「自然法論(≒“神々の不滅の掟”)」の対立が
考えられる。かつて,ハンス・ケルゼンは,死刑執行も「法」の観念を捨象すると,殺人行為に過ぎないと喝破した。とはいえ,死刑制度廃止論者は,刑務官には就職しないであろうから,この対立軸を「今日における社会現象」の中から見つけ出すのは難しそうだ。
他に,「悪法も法か?」=「悪法への服従義務はあるか?」,抵抗権,
「自衛目的の戦力保持」は憲法の明文に反しても許されるのか等々の問題が考えられるが,
二つの対立する立場を,対立軸を明示して,要領よく整理しておけば,その回答が,受験の合否を分かつ致命傷になることはあるまい。