北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

“正義の顔”― 吉永祐介・元検事総長 ―

歴代の検事総長の中で,弁護士サイドからみても,
最も尊敬できる検事といえば,やはり,この人,
“正義の鏡”  吉永祐介・第18代検事総長であろう。

東京地検特捜部・副部長時代,
戦後最大の疑獄事件「ロッキード事件」で,ときの首相・田中角栄議員を逮捕・起訴し,
有罪にもちこむ等,「巨悪は眠らせない」との理念を実践していた“検察の輝ける時代”
における象徴的存在だ(なお,「巨悪を眠らせるな、被害者と共に泣け、国民に嘘をつくな」と訓示をしていたのは,地元愛知県出身の伊藤榮樹[しげき]総長といわれている。)。
吉永祐介・元検事総長は,私が弁護士登録した当時,
既に検事としては「伝説」的存在であった。

 

 

が,吉永元検事総長は,検察庁を退官後は,弁護士をされていた。
そして,私は,実は吉永・元検事総長の「拝眉の栄」に浴した,
恐悦至極の経験が,何と約三度も(!)ある。

何を隠そう,私が主任弁護人として受任した刑事事件に,
吉永・元検事総長にも弁護団に加わっていただいた関係からであるが。
この刑事事件こそ,名古屋地方検察庁・特別捜査部(通称「特捜部」)が
「国策」捜査として立件した,
所謂,偽装牛肉事件(補助金等適正化法違反被告事件)である。
この特捜事件は,無罪主張の挙げ句に,有罪が確定してしまったが,
この件の詳細については,別の機会に譲る。
(依頼者=被告人が,独自のツテを頼って,吉永・元検事総長に頼んでもらって,
 わが弁護団に加わっていただいたのであった。)。

最近の検事あるいは元検事の「堕落」,あるいは
「検察庁の権威」の「凋落」ぶりをみるにつけ,
「不世出の」元検事総長の「晩年の」思い出(裏話)を
ブログに書いてみたくなった。

あの当時,
私はある縁で,摩訶不思議な霊感・超能力をもつ老婆(以下「A媼」
と知り合いであったが(A媼は,数年前に遷化[逝去]している。),
彼女に気になることを尋ねると,彼女は,すぐに「瞑想」状態に入り,
彼女の口から「(神の)お告げ」を聞かせてもらえた。
例えば,こんな具合だ。
弁護士として,ある種の係争事件を引き受けたところ,相手方当事者から,
脅迫を受けて困ったとき等,その原因(その相手方との因縁)について
A媼に「お尋ね」すると,A媼は直ちに「瞑想」のうえ,同女から
次のような「お告げ」があった。
「あなたは,前世,刑事裁判官(奉行?)だった時代があります。
当時,あなたは公正な裁判をしていたが,処罰が厳しすぎたため,
人々から逆恨みを受けていたのです。この方も,そのうちの一人です。」と。
すると,根が単純な私などは,つい,そうかなと満更でもなく思ったりしたわけだ。
A媼のことは,100%信じていたわけではないし,
実際,客観的・事後的にみて,間違っていたこともあったが,
案外と,「そんなものかな。」と納得のいく回答も多かった。

そのような背景事情があって,私は,世間を騒がせた前記特捜事件の関係で,
吉永・元検事総長が,わが弁護団に入っていただけると依頼者から聞いて,
私は,私と吉永・元検事総長との間で,何か変な因縁がないか?と不安に思い,
実は,吉永・元検事総長の顔写真をもって,A媼のもとを訪ねたことがある。

このときのことは,今も鮮明に覚えている。
A媼は,私がA媼の前に差し出した吉永・元検事総長の顔写真を観るなり,
感嘆するように述べた。
これぞ,“正義の顔”です!!
 この方の顔こそ,一途に“正義”を貫いてみえた方の顔です。」と。

私は,(「やっぱり…」と内心思いつつも)A媼に対し,お尋ねした。
「この方は,ロッキード事件で,検察が田中角栄前首相を収賄の嫌疑で逮捕したときの
主任検事で,後に検事総長になられた方です。今度,縁あって,
私が主任弁護人を務める刑事事件を手伝っていただくことになりました。
ところで,この方は,前世,私との間で,何か変な因縁はなかったでしょうか。
如何せん,元検事(総長)ですから,万が一,弁護側の内部情報が,検察側に
もれても困りますし・・・」
などと,後から思うと,大変失礼なことを尋ねてしまった。
そのとき,A媼は,「解りました。」と言って「瞑想」に入った後,
次のとおり告げられた。
「大丈夫です。この方は,あなたとは,前世,親分・子分の関係でした。
 あなたの『親分だった方』ですから,全面的に信頼しても大丈夫です。
 誠意を尽くしてお願いすれば,あなたからの要請にはきちんと応えてくださる方ですよ。」と。

(「よっしゃー!」と内心,私は嬉しく思い)
被告人の起訴を待って,さっそく,
当時,吉永・元検事総長に「お付き」の弁護士であった,N弁護士(元検事正)に架電し,
「ちょっと,ちょっと,N先生!
 すぐに吉永・元総長を連れて,名古屋高検検事長のもとへ
 挨拶に行ってくださいよ。で,吉永・元総長から,検事長に一言,
『保釈請求するから,よろしく!』と口添えしてもらって頂戴よ。
 お願いします!!」
と連絡を入れた。
これに対し,N先生は,応えた。
「わかった,わかった。総長を連れて,なるべく早く名古屋高検の検事長に挨拶に行くよ。」と。

そして,ある日,突然,N先生から電話がかかってきた。
「今,吉永元総長と名古屋に来ている。さきほど検事長に挨拶してきた。
 吉永元総長が,『これから,そちらに挨拶に出向く。』と言ってみえるが,
 先生は事務所にみえるか?」と。
「えー~!!」と思いつつ,
元検事総長にご足労いただくのも恐れ多いと思ったが,
折角の機会だと思い直した。
そして,大慌てで,事務所内を大掃除をし,弊事務所まで,
吉永・元検事総長においでいただき,初めてお目に掛かった。
これが,第1回目の「拝眉の栄」だった。
(ちなみに,当時は『人質司法』がまかりとおっており,
 『(吉永)元検事総長の顔』は全く効かず,
 被告人質問の段階まで,保釈は認められなかった。)

 

吉永・元検事総長に,第2回目にお目に掛かったのは,
確か,第1回公判期日の直前だったと思う。
被告人からの依頼で,吉永・元検事総長にも,第1回公判期日にご臨席いただくことを
お願いするとともに,弁護側の弁護方針をご説明する目的で,
吉永・元検事総長の法律事務所を訪問したときだ。
あのときは,前記刑事事件で,副主任として弁護団に加わっていただいていた,
H弁護士(元特捜検事)とともに,名古屋から新幹線で上京を予定していたが,
我々は,VIPに会いに上京するということで,少々舞い上がっていたように思う。

N弁護士(元検事正)を通じて,「●月●日午後■時頃,
吉永・元検事総長の事務所にお伺いしますのでよろしくお願いします。」
と,確かにアポをとってあった。
H弁護士(元特捜検事)は,大変用意がよく,名古屋駅新幹線口で合流したときは,
「吉永・元検事総長は,日本酒がお好きだから,手土産にイイお酒を用意しておいた。」
といって,一升瓶の入った手提げ袋をもって現れた。
そして,われわれは,新幹線のホームでしばし歓談していたところ,
「アレェ??」と大変なことに気が付いた。
つい新幹線ホームでの立ち話に夢中になりすぎて,
予約席の切符を買ってあった新幹線を乗り過ごしてしまったのだ。
(どうやら,ホームを間違えていたのも,その一因だった。)
「ヤバイ!!」と私は焦った。
次の新幹線では,吉永・元検事総長との約束の時間に間に合わない!
私は,慌てて,吉永・元検事総長の事務所に電話し,
吉永・元検事総長に電話を替わってもらい,平謝りした。
「本日,午後■時からお約束させていただいた,弁護士の北口です。
 大変申し訳ありませんが,つい,新幹線を一本乗り過ごしてしまいまして,
 ちょっと遅れます。申し訳ございません。」と。
すると,吉永・元検事総長は応えられた。
「ハア? 君が来ることは予定に入ってないよ。」と。
「エエッ?? N先生からご連絡ありませんでしたか?
 今日,アポを取らせていただてあったはずですが。」と慌てる私。
「知らんよ。」と素っ気ない吉永・元検事総長。
「そうでしたか。失礼しました。」と言って電話を切った後,
愕然としつつも,釈然としない気分で,
私は,即座に,N先生(元検事正)のもとに電話を入れた。
「N先生。非道(ひど)いじゃないですか。今日,吉永・元検事総長の事務所で,
 午後■時に合流するお約束になってましたよね!!」
「そうだよ。」
「実は,新幹線に1本の乗り遅れちゃいまして,・・・元総長にお詫びの電話を
 入れたら,『アポなど知らない。聞かれていない。』とおっしゃられましたが,
 N先生は,本当に,元総長とのアポをとってくださってたのですか?」
 と憮然と尋ねる私に,
 N先生は,平然と応えられた。
「先生,総長のいつも『手口』ですよ。ちゃんと予約は入れてあるから大丈夫ですよ。
 いらっしゃいよ。私も行くことになっているから。」と。
 いきなり一杯くわされたか,と驚嘆させられた。
 
 そして,東京駅に到着した後は,タクシーの運転手に地図を渡して,
 六本木にあった,吉永・元検事総長の法律事務所に急いでもらった。
 吉永・元検事総長の法律事務所は,「ここが六本木かぁ?」と不思議に思うほど,
 車の多い道路からちょっと坂を下ったところが,ビルの谷間でありながら,
 閑静で木の生い茂った公園のような場所で,
 その一角に瀟洒な平屋建ての事務所が構えられていた。
(なお,タクシーを降りて,吉永・元検事総長の法律事務所のブザーを鳴らす直前,
 またしても,H弁護士が大変なことに気づいた。H先生は,折角用意されていた
 手土産の日本酒を,タクシーの中に置き忘れてきてしまっていたのであった。)

 私は,吉永・元検事総長の法律事務所で,吉永弁護士に何を語ったかは,
 全く覚えがない。他面,吉永・元検事総長からうかがったお話は鮮明に覚えている。
 なにせ,たかだか1時間前後の面会時間だったかと思うが,その間に,
 吉永・元検事総長は,「一介の」弁護士(私)に対して,
 「全く同じ話」を何と(!)「4回」もお話しされたからだ。

 その話は,どうやら吉永・元検事総長の「定番」のようで,
「東京地検特捜部生みの親」といわれる河井信太郎検事(愛知県蒲郡市出身)が,
東京地検の特捜部長をされていたとき,吉永・当時平検事が,
経済犯罪に係る帳簿捜査を実施し,これは起訴できるぞ!と自信をもって,
河井特捜部長のもとに一件記録を持って出向き,決裁を仰いだところ,
記録を読みかけたかと思った河井特捜部長から,いきなりその一件記録を,
横に向かって投げ捨てられた,というのだ。

つまり,「こんな捜査では,ダメだ。」という河井特捜部長の意思の現れで,
吉永・元検事総長は,一介の弁護士に過ぎない私の目の前で,
河井特捜部長が,吉永検事が持参した捜査記録を,その場で投げ捨てるポーズと,
これに対し,「クソオッ」と言いながら,屈辱的な思いで,顔をしかめ,
その投げ捨てられた捜査記録を吉永検事が拾い上げるポーズ
再現すること4回!なかなかの熱演だった。
余程くやしかったんだろうな,と思った。
帳簿捜査となると金額計算もでてくるが,
河井特捜部長は,どうやら捜査記録のうちの数字が並んだところの一桁部分だけを
暗算で集計されたところで,計算間違いがあることに気が付かれたので,
即座に,「やり直し!」という趣旨で,主任検事(吉永検事)の目の前で,
捜査記録を投げ捨てられたらしい。
このときの屈辱感が,その後の吉永検事の緻密な捜査の「糧(かて)」となった
のであろうと拝察した。
これが,吉永・元検事総長に係る第2回目の「拝眉の栄」だ。

そして,最後。
吉永・元検事総長に係る第3回目の「拝眉の栄」を得たのは,
前記刑事事件の最終弁論の日であった。
吉永・元検事総長は,途中の公判期日には,法廷におみえにならなかったが,
最終弁論の日は,被告人の希望から,吉永・元検事総長にも名古屋地裁の法廷に
おいでいただくことになり,
私は,私が主任弁護人として精魂こめて起案した弁論要旨を,
事前に,吉永・元検事総長のもとに送付させていただいた。
そして,当日,少し早めに来名された吉永・元検事総長を名古屋駅にて出迎え,
タクシーで移動して,裁判所の西側にあるホテルの喫茶室に入った。
あのときの吉永・元検事総長との会話は,本当に録音しておきたかった。
「お世辞」であることは重々承知しているが,あのとき,吉永・元検事総長は,
私が起案した弁論要旨を「激賞」してくださった。
「こんな,すごい弁論要旨は今までみたことがない。素晴らしい。」と。
ところが,しばらく歓談すると,「壊れた蓄音機」のように,また,
話題が,私が起案した弁論要旨の内容に戻り,吉永・元検事総長は,繰り返された。
「こんな,すごい弁論要旨は今までみたことがない。素晴らしい。」と。
同じ激賞の言葉が,5,6回繰り返された(!)ので,さすがに私も,
ちょっと,吉永・元検事総長に「ボケ」が入ってしまったのではないか?
といぶかり,隣に座ってみえたN先生(元検事正)に目配せし,後で,
「元総長,何度も同じことをいわれてましたが,大丈夫ですか?」と尋ねたところ,
「大丈夫だ。」とおっしゃってくだすった。
ちなみに,私は,その後,吉永・元検事総長との「壊れた蓄音機」の如き会話の内容を
A媼にお話したところ,A媼は,「瞑想」の後,ニッコリしながら,私に言いわれた。
「吉永・元検事総長は,全くボケていませんよ!
 この方は,ボケた『フリ』をしているだけです。」と。
これが,吉永・元検事総長に係る第3回目の「拝眉の栄」だった。

高野・元検事長も,吉永・元検事総長の「薫陶」を受けているはずなんだが。

<注>
吉永・元検事総長の「吉」の字は,
正確には,上は「士」ではなく,「土」です(甲第1~3号証)。