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「腹腔鏡事件をめぐる医療裁判」で考えたこと その2

「腹腔鏡事件をめぐる医療裁判」は、医療被害にあった患者・遺族側を弁護する立場から医療訴訟に携わってきた私としては、自ら研鑽に努め、培ってきた弁護技術(医学の専門家のサポートも含む。)を遺憾なく駆使した、弁護士人生の“いわば集大成”ないし“到達点”を示した事件であった。ところが、第一審では、実質的には全面的敗訴であった(「開腹手術の説明義務懈怠」に係るB医師の過失は当事者間で争いがなかったので、形式的な意味では全面敗訴は免れているが、…)。

この実質的な全面的敗訴判決を受けたときの感想は、率直に申し上げて、「名古屋地裁の医療集中部(民事4部)も、ここまでレベルが落ちたか。」という慨嘆であった。

本ブログでは、いずれ第一審判決(名古屋地裁・医療集中部)の問題点を医学的・論理的・法律的観点から分析し、(やや専門的になるかもしれないが、本ブログの読者には医学の専門家もみえるので)その問題点を部分的に紹介したいと考えているが、如上の「慨嘆」が、「負け犬の遠吠え」、すなわち、一方的な主観的非難だと思われるのも癪なので、まずは、この第一審判決(原判決)を読まれた上で、私に寄せられた、元裁判官と、当方協力医の各感想 ―やや辛辣であるが― を一部紹介しておきたい。

(元裁判官の感想)

原判決は,「医学的に確立した根拠を示すことなく,
病院側の医師の証言等については
『合理性を積極的に否定するまでには至らない。』,
『直ちに誤りと断言することができるわけではない。』などと全面的に寛容な態度を示す一方,
患者側の協力医の意見書等については,
『原告らの上記指摘は,A医師診断の合理性を左右するものとまではいい難い。』、
『科学的な根拠を踏まえた見解として傾聴すべきであるとしても,……医療水準を述べるものと認めるには足りないと言わざるを得ない』などと,一貫して消極的評価を加えており,
両者の見解のどちらが医学的に合理性を有するかについて真摯に検討しようとした姿勢が全く見受けられない

 

(協力医その1:大学医学部・消化器内科学・准教授)

科学的根拠に基づいた当方の主張が、受け入れられず非常に残念です。判決文の論旨は、医学的には全く合理性がなく、結論ありきの印象を強く受けます

 

(協力医その2:大学医学部・消化器外科学・名誉教授)

あんな判決が出てしまいますと今後の裁判や医療に悪影響が出てしまうことを最も危惧します。』,
まだ経験の浅い裁判官かもしれませんがもっとしっかり勉強してほしいものだと思っています。そうしておかないと将来の医療に対する不安が増幅してきているからです。

 

(控訴審裁判官に向けてのメッセージ)

 そして、控訴理由書の末尾で、元裁判官に起案していただいた控訴審裁判官に向けてのメッセージとして起案していただいた「第7 終わりに」の文章は、格調が高く、医療訴訟に携わる全ての裁判官に読んでいただきたい内容なので、このブログで引用しておきたい。

病院側(被控訴人)は,A医師やB医師が本件患者の完治を願って治療に当たったと主張し,同医師らもそのように述べる。
 亡患者の家族(控訴人ら)も,そのこと自体を否定するものではない。
しかしながら,如何に患者のための医療を心掛けたとしても,人間である以上,ミスを絶対に犯さないなどということはあり得ない。現に,控訴人ら代理人は,名医の評判の高い医師が,『自分も数々の診断ミスを犯してきたが,その都度,その原因を探求し,次回にはミスを犯さないように努めた結果,幸いにも取り返しのつかない結果だけは避けることができた。』と謙虚に述懐するのを聞いたことがある。
 問題は,ミスを犯した際,当該医師がこれを真摯に受け止めるか,それとも不合理な弁解を重ねて正当化するかであり,このような倫理的な問題については,必ずしも医師としての優秀さ,高名さと連動するものではない。しかし,その決断如何によって,当該医師が人の命を預かるという崇高な使命を有する医師としての矜持を維持できるか,それとも失うかが決まるのと同時に,かかる問題について,司法がどのような判断を下すのかによって,我が国の医療水準がどの程度のレベルに位置づけられるかについて大きな影響を受けることも明らかである。
 貴裁判所(名古屋高裁)の使命もまた重大であることはいうまでもない。

 

(追記:令和7年3月10日)

 本件医療訴訟は、名古屋高裁判決(令和5年10月26日)で、少なくとも外科分野の争点(術後管理義務懈怠の有無)において、第1審判決(名古屋地裁平成4年12月23日判決)の判断が覆されたが、判例秘書を調べると、どうやら判断を誤った第1審判決の方だけが、公刊物(医療判例解説108号32頁)で紹介され、判例秘書でも紹介されていることを、今ごろになって知った( L07751708)。ところが、名古屋高裁判決の方は、遺憾ながら、一般公開されていないようだ。

(追記:令和7年4月18日)

 先程、私のブログを読んだ、後輩弁護士(K事務所から独立されたT先生)からお電話をいただき、本件の名古屋高裁も、とある判例検索サイトで検索するとヒットするとのことであった。情報提供ありがとうございます。

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