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(本編;つづき)
【本件患者の術後経過と(第1病日から認められた)縫合不全の疑いについて】
以下では、本件患者の術後経過を、読者にも追体験できるように、具体的に順次述べるとともに、裁判で問題となった論点についても、適宜、説明しておくことにしたい。
⑴ 本件手術当日(10月18日)
本件手術当日の吻合部ドレーンからの排液(以下「ドレーン排液」という。)の色は,「淡血性」,「血性」であり,電気メスによる膵臓の熱損傷に伴って発生して出血した血液が混じったものと推測することが、必ずしも不合理とはいえなかった。
⑵ 第1病日(10月19日)
ところが、第1病日になると、縫合不全(というよりも「縫合の不備」、「非縫合」)【 注1 】を疑わせる所見が、随所に発生する。
ア まず、手術の翌日にドレーン排液の色が「暗赤色」、「茶褐色」に変化した。膵液の性質・機能(前述)に照らせば,縫合不全を伴わないと、「暗赤色」、「茶褐色」にならないのであって、むしろ胆汁の混入が強く示唆される(名誉教授)。
ところが,第1審判決(名古屋地裁・医療集中部)は,a.排液の色調は,観察時の「室内の明るさ等に左右される」とか,b.縫合不全の場合の排液の色は,黄色ないし緑色になることが多いとのB医師の証言は,縫合不全部に感染が加わった場合に黄白色から緑白色の混濁した膿臭のある排液が見られるとの文献【 注2 】と「相応に整合的である」とか,c.膵液漏出の場合に「褐色」や「暗赤色,ワインレッド,小豆色」の色調を示すことがあるとの記述を含む文献【 注3 】を援用して,縫合不全を疑わなかったB医師の判断に問題はない旨を判示した。
【 注1 】第1審は、前提となる「医学的知見」として、文献の記載内容に沿って、「縫合不全を発生させる危険因子としては、吻合部の血行障害、過緊張、局所感染などの局所因子が最も重要」と認定しているが、これを読まれた名誉教授は、ここでの局所因子として、「非縫合」が抜けている、と指摘された。
【 注2 】宮田一志「縫合不全と消化管内容」『消化器外科NURSING』2016[甲B49]
【 注3 】①ネット記事[看護師向け][甲B10]「膵液漏は、…組織の融解により赤ワイン色となり…」、②前出・ネット記事[甲B11]、③前出・小林聡ほか[甲B32]
しかしながら,a.ドレーン排液の色調が、極めて重要な診療情報であることは医療従事者全ての了解事項であり,当然,正確な色調を観察すべく,部屋の照明等に留意するはずである。にもかかわらず,「観察の際の環境によって左右されるから色調は決め手にならない」かのごとき名古屋地裁(医療集中部)の判示は,医療現場に対する無知をさらけ出」すものである。
b.についても、「黄色ないし緑色」と「黄白色から緑白色」とでは全く異なり、後者の色調は「白濁」であって、典型的な縫合不全の所見である。c.第1審判決が援用する各文献の記述はいずれも,膵切除,膵空腸吻合部の縫合不全による膵液漏の事例に関するもので,むしろ、本件では縫合不全を疑わせるという意味で、Gの主張を裏付けになっているという側面が無視されている。
イ 次に,Y病院側(B医師)が、本件患者の場合、ドレーン排液の色調異常のみならず、感染症状が認められたことについて、「膵液瘻であっても感染を併発することはあるから、感染症状があれば、縫合不全であるとは限らない」などと強弁した。これに対し、当方は、「ごく少量の顕微鏡レベルの細菌の存在だけでは,生体の感染防御能……によって処理されて,臨床的な感染症は発生しない」と指摘した(名誉教授)。
ところが、第1審判決は,G側協力医(名誉教授)の見解は、膵液漏出は,「多くの場合,感染を併発し,膿瘍を形成する」との記述のある文献【 注4 】と整合しないと判示した(31頁16行目以下)。
【 注4 】荒井邦佳「膵液漏出と膵液漏」『胃外科の要点と盲点』148頁
しかしながら,この判示も、名誉教授の意見書や文献の誤解・曲解である。すなわち,Y病院側(B医師)が,本件患者の症状は軽微な膵液漏にすぎないと主張するので,名誉教授は,軽微な膵液漏(持続的な感染源が存在しない)ならば,ごく少量の顕微鏡レベルの細菌の存在だけでは、生体の感染防御機能(白血球による細菌の貪食)によって処理されて、臨床的な感染症は発生した旨を述べたたもので,他方,上記援用の医学文献は,「膵断端部における浸出液中のトリプシン値」とか「膵頭十二指腸切除術例における膵液中のトリプシン値」の推移を示す[図1],[図2]が掲げられているとおり,B医師の弁解のように,膵表面の止血操作に起因する(純粋)膵液の流出による膵液漏を前提とした記述でないことが明らかであって,両者は何ら矛盾するものではない。
ウ 以上のとおり,名古屋地裁(医療集中部)の判断は、名誉教授の意見や、医学文献の内容を、医療側(Y病院・B医師)の主張に沿うように曲解又は誤解するもので、事態の正当な評価と公平性を欠いた、著しく不合理な判断といわざるを得ない。
⑵ 第2病日(10月20日)
ア 第2病日、ドレーン排液の色が「暗赤色からやや茶色がかった小豆色」に変化した。これは術野の出血に「溶血」と「感染症状」の発生がを示唆する重要所見で,縫合不全を疑うべき徴候である(名誉教授)。
にもかかわらず,第1審判決(名古屋地裁・医療集中部)は,膵液に膵臓損傷部位からの血液と混じることにより「淡血性の薄赤色」になる可能性があるとのB医師の証言を引用して,縫合不全を疑うことは「即断」できないなどと説示した。
しかしながら、G代理人は,30年以上,40年以上の法曹歴を有するが,ここまで一方的な判示に出会ったことがない。すなわち,「淡血性の薄赤色」について、これを「暗赤色」や「茶色がかった小豆色」とを同視する「裁判官の色彩感覚」とはどのようなものか,全く理解できない。現に,Yの診療録ですら,「淡血性」と「小豆色」を書き分けているではないか(ここの行は、元裁判官の表現を借用)。
イ 第2病日は,ドレーン排液の色調変化に加え、CT検査の結果,左横隔膜下に液体の貯留所見が認められた。これも、縫合不全(膿瘍の貯留)を疑うべき重要な所見である【 注5 】。
この点,B医師は,「吻合部周辺に」液体貯留の所見が認められなかったことを理由に,縫合不全の疑いを持たなかったなどと弁解した。
しかしながら、吻合部からの漏出液は、「重力の法則」で左横隔膜下に下降し、そこで膿瘍を形成する。したがって、吻合部周辺に液体貯留がないことから,縫合不全を否定できるわけがない(名誉教授)。小学生でも解る常識・理屈である。
【 注5 】①武市智志「縫合不全」[甲B17・139頁]「縫合不全初期の病態は、消化管外に漏出した消化液による局所の炎症と膿瘍形成に由来する」「【疑診】自発痛・圧痛、白血球数増多、CRP値高値、胸水貯留、腹部超音波検査・腹部CT検査上膿瘍の存在」、②水沼仁孝ほか「術後合併症のCT診断とIVR」『腹部救急診療の進歩Vol12.1992』[甲B25]「左横隔膜下膿瘍:[原疾患]胃潰瘍胃切除縫合不全」
第1審判決は,ここでも何ら根拠を示すことなく,B医師の上記弁解が「不合理であることを認めるに足りる証拠はない」(32頁)とか,Gの上記反論は「そのような可能性自体は否定されないものの,……(その主張を)裏付ける的確な証拠は見当たらない。」などと判示する(32頁8行目以下)。
しかしながら,縫合不全などの原因による「液体貯留の好発部位としては左右横隔膜下」を挙げる文献があり【 注6 】,胃癌の術後合併症はそのほとんどが左横隔膜膿瘍と膵周囲膿瘍であると指摘する文献【 注7 】さえもある(同旨・名誉教授)。これらの証拠を尽く無視して,Yの弁解は「不合理でない」とし,他方,Gの指摘した証拠は「的確な証拠」に当たらないとする名古屋地裁(医療集中部)の判断は,もはや「証拠に基づく公平な裁判」を放棄するに等しいものである。
【 注6 】内田健二「腹腔内膿瘍」『胃外科の要点と盲点』[甲B17]142頁
【 注7 】水沼仁孝ほか・前掲「術後合併症のCT診断とIVR」512頁、514頁、515頁
ウ また、第2病日のCT画像では,両側胸腔内に胸水の貯留所見が認められ,左側胸腔側で量が多い。これも縫合不全(炎症の胸腔内への波及)を疑うべき徴候である(名誉教授)。
この点,B医師は,上記胸水について、「心不全による可能性がある」と弁解し,第1審判決(名古屋地裁・医療集中部)は,本件患者が心疾患で通院治療を受けていたことに照らすと,上記弁解が「直ちに不合理であると断言することは難しい」などと判示した。
しかしながら、本件患者が心不全の治療を受けていたことは事実であるが,本件手術を実施するに当たり,Yの消化器内科・外科は循環器科から、外科手術の適応であることが確認されていた【 注8 】。また,G協力医(名誉教授)が,仮に心不全に伴う胸水貯留であるならば,左右の貯留量に顕著な差異が生ずることは考え難いと指摘し,CT検査所見でも、「胸水は左に限局しており,心不全というよりは,横隔膜下の炎症に対する反応性胸水の要素が強い。」と指摘されていた。
にもかかわらず,第1審判決(名古屋地裁・医療集中部)は,何らの根拠も示すことなく,直ちに縫合不全を疑うことはできないなどと、不合理極まりない判示をしている。
【 注8 】循環器内科は,消化器内科からのコンサルトに対し、「毎日1時間,軽い上り坂を含めた散歩をしているが,胸部症状の出現はない。」,「心不全徴候なし」とか「心不全徴候はなく全身麻酔下の消化管手術は可能」と回答しており,心不全による顕著な胸水貯留が存在していたならば,このような回答にならない。
エ 第2病日は、さらに、吻合部ドレーンからの排液のアミラーゼ値が1万0020IU/Lと著しく高値を示した。アミラーゼは唾液にも含まれているが(S型),本件で問題となる膵臓由来のアミラーゼ(P型)(基準値44から132IU/L)の異常高値は,膵臓等の炎症所見である。
この点につき,B医師は,アミラーゼの上記異常値も踏まえて,その原因を膵液漏と判断したと弁解したが,Y病院(B医師)の主張(軽微な膵臓の損傷に基づく膵液漏)からは,第2病日になってもこのように顕著な異常値が見られることを合理的に説明できない。むしろG協力医(名誉教授)が指摘するように(甲69),(他の所見とも総合考慮の上)縫合不全(膵液を含む十二指腸液が混入して感染が発生)を疑うべき徴候と判断すべきものである。
にもかかわらず,第1審判決(名古屋地裁・医療集中部)は,何らの根拠も示すことなく,B医師による上記弁解の「合理性を否定するような的確な主張立証はない。」とか,「原告(G)ら協力医(名誉教授)の見解を踏まえても,上記アミラーゼ値の点から縫合不全を疑うべきであったと即断することはできない。」(同頁16行目以下)などと医学上の知見を無視した、およそ不合理な判示に終始した。
オ 以上のとおり,第2病日は,本来、縫合不全に基づく感染拡大の疑いが濃厚になったと判断すべき状況であった(名誉教授)。B医師としては,軽微な膵液漏の疑いを持ったとしても,それと同時に,重篤な結果を招きかねない縫合不全をも疑うべきであり、このような側面を看過する、名古屋地裁(医療集中部)の認識・判断は、「半側空間無視(はんそくくうかんむし)」【 注9 】に等しいものと批判せざるを得ない。
【 注9 】「半側空間無視(はんそくくうかんむし)」という病態、脳の病変により、左右どちらかの空間を認知できなる症状・状態である。見えているのに認識できない常態は、そもそも見えていない視覚障害(視野狭窄)とは異なる。
⑷ 第3病日(10月21日)から第5病日(同月23日)まで
ア この間、ドレーン排液は,「小豆色」(第3病日),「小豆色の混濁した排液」,「やや悪臭あり」(第4病日),「混濁あり」,「小豆色」,「混濁膿瘍」(第5病日)と観察されていた。もとより、いずれの色調も「典型的な縫合不全」の所見であって、「混濁」傾向,「膿瘍」所見は,腹腔内に感染による炎症拡大を示している。
また,第5病日の血液検査の結果,白血球16900μl(正常値:3100μl[マイクロリットル]~8400μl、10000μl以上は要医療【 注1 】),CRP(C反応性たんぱく含有量を示すもので,人体の免疫反応の程度を示す。)20.74mg/dl(正常値:0.3mg/dl以下、15mg/dlないし20mg/dlでは「重大な疾患の発生の可能性あり」【 注10 】)の各数値が得られていた。したがって、本件患者が,腹腔内の感染拡大によって上限をも超えた重篤な状態にあったことは明らかであった。
【 注10 】人間ドッグ学会の基準値のネット記事
加えて,第6病日実施のCT検査では,「左胸水はやや増加」,「右胸水はほぼ消失」,「左横隔膜下に腹水貯留」との所見が得られた。これも,感染(炎症)の拡大を示唆する。
したがって,B医師としては,第4病日,遅くとも第5病日には,縫合不全による腹腔内の感染拡大を疑って,ドレーンの最適化・調整等、本件患者の救命に向けて適切な措置を講ずるべきであった。
イ この点,B医師は,a.吻合部ドレーンからの排液量が減少していたこと、及びb.本件患者の体温が38度以下であることを理由に,本件患者の軽微な膵液漏に基づく症状が改善傾向にあると判断したなどと弁解した。
しかしながら,吻合部ドレーンからの排液量が減少傾向にあったとしても,吸引できなかった排液が左横隔膜下に流出した可能性もあるから,全体として排液量が減少しているとはいえない(現に,翌第7病日[25日]には,左横隔膜下にもドレーンが設置されているが,そこからの排液量は吻合部のドレーンよりも多い。)。体温についても,炎症反応の拡大によって,高齢である本件患者の体力(免疫力)の低下によるものであると説明できる。
そして,B医師の弁解のように,もし仮に軽微な膵臓の損傷に基づく膵液漏が改善傾向を示しているのであれば,上記のような排液異常や血液検査の結果を示すことが絶対にあり得ない。
ウ にもかかわらず,第1審判決(名古屋地裁・医療集中部)は,「吻合部周辺で感染が起こっていることを示唆するもの」と認めながら,a.膵液漏出が感染を合併すると排液が濃化し,悪臭を伴うようになること,b.血液検査の炎症反応が膵液漏出の場合にはみられない縫合不全の特徴と認めるに足りる証拠はないこと,c.膵液漏出の際の排液の色調が「小豆色」であるから,「混濁」や「悪臭」は縫合不全が発生していると疑うことはできないこと,d.38度以上の弛張熱が続いていなかったこと,e.本件患者が痛くないと述べたり,腹痛等の症状がない様子が観察されたことなどを理由に,縫合不全を疑わなかったB医師の判断は誤りとはいえないと判示した。
しかしながら,これらの判示はいずれも,医学上の知見を無視するばかりか,B医師の弁解をも超えて,裁判所が独自の見解を示すものである。
すなわち,上記aは,B医師の上記判断(軽微な膵液漏、感染症状の改善傾向)を否定するものであっても,これを相当とする理由にはなり得ない。上記bも,縫合不全による炎症拡大を強く疑わせる多数の徴候を否定するものではない。上記cは,「淡血色(薄赤色)」と「小豆色」とを同視する「裁判官の色調認識」が医学的に非常識であることは既述のとおりである。上記dも,炎症拡大が本件患者(高齢者)の体力低下を窺わせるにすぎない。上記eも,腹腔内の炎症拡大したからといって,常時,激烈な痛みや苦痛を感ずるわけではないことを看過しているうえ,本件患者が次第に衰弱していたことは,看護記事(10月26日「こんなに弱っちゃうなんて思わなかった。」、「水は飲むと下痢するからほとんど飲まない。」)からも容易に推認できる。
以上のとおり,当方(G)の主張(第4病日,遅くとも第5病日には,縫合不全による感染拡大が生じていた)を否定する第1審判決の判断は,確立された医学知見を無視するものというほかない。
⑸ 第6病日及び第7病日
第6病日(10月24日)のドレーン排液は,「膿性」,「混濁あり」,第7病日(25日)は、「混濁」,「薄茶色」,「乳び色」(25日)と観察されており,第7病日(25日)に設置された左横隔膜下ドレーンからの排液も「小豆色」,「黄白色混濁液」等と観察されており,これらは,さらなる感染拡大を示す。
また,第6病日(24日)実施のCT検査では,「右胸水はほぼ消失」したものの,「左胸水はやや増加」の所見が認められ,第7病日(25日)実施の血液検査では,CRP値は15.46mg/dlとやや低下したものの,白血球は,22800μlと著しい増加を示している。
以上の状況に照らせば,本件患者の腹腔内での感染拡大は明らかであり,もはや一刻も猶予できない事態に陥っていたといえる。実際,第7病日(25日)に左横隔膜下ドレーンが追加された事実は,本件患者の著しい容態悪化というB医師自身の認識を示している。
当方(G)としては、本件患者の死亡結果の回避可能性(適切な管理義務の懈怠と、死亡との因果関係)の蓋然性を確実に主張・立証する趣旨で、遅くとも第5病日までの措置の懈怠を注意義務違反(過失)を基礎づける対象事実として摘示した関係で、第1審判決も、第6病日以降の事実経過の詳細は認定していていない。ただし、裁判とは別の参考までに、それ以後の経過を説明しておくと、以下のとおりである。
⑹ 第8病日以降
ア 第8病日(26日)は,吻合部ドレーン排液が「混濁」,「ミルクティー色」,左横隔膜下洞ドレーン排液が「混濁」,「薄茶色」を呈した。また,呼吸状況の改善に向け,以後、呼吸心拍監視(SaO2[経皮的動脈血酸素飽和度測定])及び酸素吸入が継続的に実施された。
全体として,回復のきざしからは程遠い状況であった【 注11 】。
【 注11 】看護記事:患者本人「こんなに弱っちゃうなんて思わなかった。」,「水は飲むと下痢をするからほとんど飲まない。」。
イ 第9病日(27日)は,吻合部ドレーン排液は著しく減少したがが(18ml),「膿性」であり,左横隔膜下ドレーンの排液(40ml)も「混濁した薄茶色」,「膿性」を呈した。また,血液検査は、依然高値であった(白血球33500μl,CRP19.83mg/dl)。
さらに,CT検査の結果,「左胸水増加 被包化しているように見える」と読影され,「横隔膜下(=腹腔)炎症の波及による反応性胸水を疑う。」と診断された。これを受けて,B医師は,新たに左胸腔にドレーンを設置した(翌朝までに350mlの漿液性排出液があった。)。
B医師は、患者家族に対し、本件患者の「膵臓周囲の炎症に関しては,保存的治療で徐々に消退していくと思われます。」などと楽観的な予測を説明していたが、実際には、回復を実感できない状態であった【 注11 】。
【 注11 】看護記録:患者本人「夜中に痰を出す時が痛いの何のって…。つらいよ。」
ウ 第10病日(28日)は,ドレーン排液が「混濁」,「灰色混濁」とあり,翌朝までに,吻合部ドレーン排液は少量だが「濁ったクリーム色」であり,左横隔膜下洞ドレーン排液(90ml)も,同様の色調を呈していた。また,「左胸水貯留」の所見が見られ,胸腔ドレーンからは「漿水性排液」が流れ出た。さらに,血液検査も依然高値(白血球25500μl,CRP18.34mg/dl)であった【 注12 】。
【 注12 】本件患者自身は,「痛いというかえらいな」と述べ,妻も,一向に回復の兆しが見られないことに不安を募らせた。
エ 第11病日(29日)は,吻合部及び左横隔膜下洞のドレーンからの排液は,いずれも「膿性・膿状」を呈した。本件患者は,衰弱した状態であった【 注13 】。
【 注13 】ポータブルトイレの使用時,「どこか持つところがないか手がさまよっている。」,「途方に暮れている。」,「仰臥位で倒れ込もうとする。倦怠感強く,体がえらいと。」などと記録。もっとも,B医師は,「全身倦怠感(あり)」としたものの,結論として,「尿量が増加しており,炎症による血管透過性亢進も改善傾向か?」との楽観的予測をしていた。
オ 第12病日(30日)は,血液検査の結果,若干低下傾向を示し(白血球20600μl,CRP14.17mg/dl),「炎症反応は徐々に改善」と評価されたが,数値自体は依然高値であった。患者本人の容態は,衰弱の一途をたどった【 注14 】。
【 注14 】「だるいなあ…。でも動かないかんな。」と述べ,「倦怠感あり」とか「倦怠感が強い状態」と指摘され(30日),また「起きられん。もうだめだ。」とも述べた(31日)。これに対しても,B医師は,従来からの保存的療法で対処するとしている。
カ 上記期間中,腹腔内のドレナージ自体は,従来からの「低圧持続吸引」で行われ,強力な吸引力を有する機種に変更されることはなかった。
以上のとおり,第8病日以降も,本件患者の腹腔内の感染拡大は改善されないまま推移し,全身状態が徐々に衰弱していく様子が看取できたにもかかわらず,B医師がこれに対し有効な措置を講じなかったといえる。
以上の事実経過から明らかなとおり、日々悪化する病態(炎症拡大)を前に縫合不全の可能性を全く想起しなかったBの判断の明白な誤りを、不合理なものではないとして是認した名古屋地裁(医療集中部)の判断は、「医療集中部」の名に値するものであろうか。