弁護士のブログBlog
「マルクスの警句」と高市首相の言動
- 2025-12-07
「東大法学部」にドップリ漬かると、
「武装放棄=平和=安全」という空想論的「原理主義」に洗脳されるものらしい。この東大教授のように…。
かつて、カール・マルクスは、
ナポレオンとナポレオン三世を揶揄して、宣った。
「歴史は二度繰り返す。最初は悲劇として、二度目は茶番として。」
そして、彼=東大教授は、
「長期政権にもかかわらず宿願の憲法改正をはたせず、最後は統一教会を巡って凶弾に倒れた安倍元首相」を「悲劇」といい(但し、紙面上は、「呼ぶかどうかはともかく」とぼかす)、その安倍元首相の「保守」思想を継承し、「模倣」しようとするた高市首相の行状を「茶番」といいたいらしい。


このような「左巻き」新聞(中日新聞)に祭り上げられた「東大教授=左巻き権威」の評論が正当なものか否かは、読者の判断に委ねられるのであろうが、歴代首相の欺瞞的な「曖昧さ」を超克して、「中国が台湾侵略を企図して武力行使を行ったという仮定」のもとで、日本の存立危機事態発生の「抽象的な可能性」を指摘するのは、法律=安保法制度の枠内にとどまるものであって、「逸脱」とはいえない。
にもかかわらず、過剰反応=内政干渉を行う習近平政権の言動・態度に正当性があるかの如くに、マルクスの警句、「ナポレオン3世の轍」をもちだすのは、「中国様に目を向けて」言論活動をなすもので、左傾オールドメディア(その背後に控える中国様)のおぼえはめでたかろう。しかしながら、明らかに国益を害する言論であって、法律論的にも、正当な評価とは到底思われない。

この点、高市首相の「存立危機事態」答弁に端を発した、讀賣新聞・編集者のコラムにみる評価、中国の「〝メンツ遊び〟の危うさ」と憂うとともに、「日本は国際社会で自国への追い風をどう生かすか。知恵の見せ所だ。」という論評は、適切である。
さすがは、「メンコ遊び」に「幼いながらも真剣」に取り組んだ、我々と同世代のジャーナリストの評価は健全だ。これに比べ、上掲・東大教授の世代は、〝メンツ遊び〟に耽る「受験ママ」の配下で、「メンコ遊び」をさせてもらった経験がないのではないか?