北口雅章法律事務所

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「佐藤政治学」の思い出 ⑴ ―これが「チキンレース」ですか?― 前編

佐藤誠三郎先生は,日本の政治学者であるが,平成11年に逝去されている。
われわれの世代が東京大学の文科一類に入学した当時,教養科目として,
「政治学」は必修科目であったかと記憶している。
このため,私の同期は,皆,900番教室で,
佐藤誠三郎教授の「政治学」の講義を受けた。

佐藤教授は,「わが自民党は,・・・」などと口を滑らせてしまうなど,
当時はバリバリの自民党ブレーンであり,
かつ,「独特のキャラクター」で「毒」のある面白い先生だった。
佐藤教授の講義内容は,
時折,ククッと笑わせてくれる「皮肉」や「嫌味」だけが記憶に残っている程度で,
残念なことに,肝腎の本題の方は,スッポリと忘れてしまったが,
何故か,唯一,微かに覚えていることが,段階的に深刻化する政治状況の類型化の問題で,
その類型のなかでも,特に深刻の度合いが強い類型が「ライフボート」状況であるとされ,
それよりも,さらに深刻度がワンランク上の類型として,
佐藤先生があげられたのが,「チキンレース」状況だった。

「ライフボート」状況とは,例えば,船が転覆して,「ライフボート」(救命艇)が足りない場合,例えば,太平洋の真ん中で一つの「ライフボート」をめぐって,溺れかかったAとBがライフボートを奪い合う関係(政治的状況)を指す。この場合,ライフボートを得た勝者,すなわち,AかBかのいずれかは,生き残る。
これに対し,「チキンレース」状況とは,ジェームスディーンの主演映画『理由なき反抗』に出てくる度胸試しのためのゲーム「チキンレース」,すなわち「一本の道路上において,A・Bが各々の自動車を相互に反対方向から走らせ,もしA又はBのいずれかが死ぬのが怖くなって,正面衝突を避けるべくハンドルを切った場合,先にハンドルを切った方が負けになる(「チキン」=臆病者と呼ばれる)というゲーム」(大辞林)のような関係(政治的状況)を指す。この場合,AかBのいずれかが,自発的に敗者となる(「チキン(臆病者)」呼ばわりされる)という選択肢を選ばないと,当事者AB双方が,共倒れになる。

「ライフボート」状況の方は,比較的想起しやすい。
例えば,1884年,イギリスで起きたミニョネット(Mignomette)号事件が,
この例であろう。この事件は,帆船(ミニョネット号)が,南大西洋上で難破し,
その乗組員4人がボートに乗って漂流中餓死に近い状態に追い込まれ,
4人のうちの1人を殺害して他の3人がその血を啜り,肉を食べて生き延びたという事件で,
その3人のうち2人が謀殺罪で起訴され,死刑判決を受けたというものである
(中村治朗「裁判の世界を生きて」200頁参照)。

これに対し,私においては,想像力の欠如から,
現実の社会において,「チキンレース」状況のごとき政治状況を想起することは困難であった。
WADASUは,当時,現実の社会では,「チキンレース」のごとき「バカげた」「ゲーム」
が行われることは考えにくいのではないか?と疑問に思った記憶があるので,
(それ故にこそ記憶に残っているのであるから),
おそらく,佐藤先生は,
どのような場面が,「チキンレース」状況に当たるか?について,「映画の世界」での空想論を話されたが,

具体例はあげられなかったように記憶している。このため,私は,この講義以来,
「チキンレース」などという馬鹿げた政治状況など起こりえないのではないか,
と思い続けてきた。

ところが,最近になって,
ふと,
今の,北朝鮮とアメリカの関係が,まさに「チキンレース」ではないか。
否,チキンレースよりも,より一層深刻な「チキンレース」的状況ではないか,
と思うに至った。

「正常な」チキンレースの場合,
対向相手は,共に「生命と勇気を賭けて」レースに参加する。
ここでは,「勇気(功名心・名誉感情)」と「自分の生命」が天秤にかけられるが,
「自分の生命」を掛ける際には,自己防衛本能に基づく「理性」的な抑止力が作用する
のが,一般的であろう。

ところが,

アメリカ=トランプ政権が,
「北朝鮮の技術レベルでは,アメリカ本土を危険に晒すことはない。」と見くびって,
北朝鮮の核開発・核実験に対して報復行動をエスカレートさせた場合はどうか。
トランプと,金正恩(キムジョンウン)が互いに「理性」的な行動をとることができず,
アメリカ・北朝鮮の相互の軍事的予備的行動・実験行動が,互いに挑発・報復として認識され,
次第にエスカレートとしていき,全面的核戦争(当事者双方の致命的被害)
を招来する危機的状況・懸念があるとすれば,まさに「チキンレース」ではないか。

アメリカ=トランプ政権は,今年(平成29年)4月,
シリアのアサド政権が「化学兵器を使用した」ことを理由として,
巡航ミサイルでシリアの軍事施設を攻撃している。しかも,米中首脳会談の最中にだ。
また,アメリカには,イラク=フセイン政権が「大量破壊兵器を所持している疑いがある」
との大義名分のもとに(実際には無かったが),イラク攻撃を敢行し,
イラク戦争を勃発させた「前科」がある。

アメリカ側から,突如,北朝鮮に対し,
先制攻撃(巡航ミサイルの発射,F16戦闘機による爆撃)を仕掛けたらどうなるか。
暗号解読を恐れ,日本に事前通報なく,秘密裏に軍事作戦を展開する可能性など全くない
と誰が保障できようか。

これに対し,
「ミスター北朝鮮」こと金正恩(キムジョンウン)が,
アメリカ=トランプ政権の軍事行動・挑発行為に激昂して,短絡的思考回路から,
核弾頭ミサイルを,韓国・ソウルに向けて照準を合わせたらどうなるか。
(これが集団的自衛権の怖ろしいところで,
 北朝鮮にとっての韓国は,「共同敵国」となろう。)
あるいは,北朝鮮が,「三沢基地」(航空自衛隊唯一の日米共同使用航空作戦基地)から,
アメリカの戦闘機が飛び立つのを見越し,「正当防衛」と称して,
北朝鮮が,航空自衛隊「三沢基地」 (青森県)を照準に合わせて,
防衛的先制攻撃を加えてきた場合はどうか。
この場合は,東京に着弾することはないだろう。
しかし,アメリカ海軍「横須賀基地」に照準を定めて防衛的先制攻撃を仕掛けてきた場合,
故意又は過失により,東京に着弾される危険が絶無といえようか。
あるいは,グアム基地方面にミサイルの照準を合わせ,
金正恩が,核弾頭ミサイルを発射させた場合,
日本の領空を侵したとして,日本海常駐のイージス艦からの迎撃ミサイルで,
100%打ち落とせる保障はあるのか?,
北朝鮮のノドンミサイルが,想定外の基地(例えば,地下基地)から,一挙に複数発射され,
中途で失速して,福岡に着弾する可能性が全くないといいきれるのか?

「四面楚歌」となり,「失うもののない」北朝鮮が,「捨て身」の「窮鼠」と化した場合,
一体,どのような事態が想定されるのか。

  ・・・後編につづく