北口雅章法律事務所

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松本清張「疑惑」の思い出

今夜(2019年2月3日(日))夜9:00から
「テレビ朝日」が,開局60周年記念として,松本清張原作のドラマスペシャル『疑惑』をやるらしい。「松本清張作品で悪女役を極めてきた米倉涼子が黒木華演じる悪女と対峙する!!」とのフレコミで,話題になっているようだ。

私は,上記ドラマの内容には,全く関心がないが,
松本清張原作の「疑惑」には,「司法修習時代の」思い出がある。

 

松本清張の推理小説「疑惑」には,実は,刑事事件の元ネタがある。
被告人・荒木虎美別府3億円保険金殺人事件だ。

1974年11月17日、大分県別府市の国際観光港第三埠頭で,時速40kmほどで疾走してきた自動車が,海面に転落。荒木虎美(当時47歳)は海面を泳いでいるところを救助されたが,彼の妻(当時41歳),長女(当時12歳)及び次女(当時10歳)は溺死した。
そして,死亡した3人には,死亡保険金合計3億1000万円がかけられており,かつ,荒木には,1950年に家屋に保険金をかけて放火した保険金詐欺事件での服役経験があったため,「疑惑」が浮上し,殺人容疑で逮捕・起訴された。

1980年3月28日,大分地裁は荒木に死刑判決を言い渡し,荒木は控訴をするも、1984年9月、福岡高裁本庁は控訴を棄却し,死刑判決を維持。 そして,荒木は,最高裁に上告したが,上告中に癌性腹膜炎で死亡し、公訴棄却となった(享年61)。

荒木には,第1審で国選弁護人3名がついていた。
そのうちの一人が,ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団代表,飯塚事件・再審請求弁護等で著名な徳田靖之先生(弁護士)だった。
私は,判例時報で上記保険金殺人事件の第1審判決を読み,
徳田先生から,浩瀚な弁護要旨(弁護士が,被告人荒木の無罪主張の理由・要旨をまとめた書面)をコピーしていただき,修習時代に読み耽った思い出がある。

状況的には,荒木が「確信犯」であることに疑う余地はない。
彼は,前科にあたる保険金詐欺・放火事件で服役中も,出所後の保険金殺人を計画している,と公言してはばからず,実際,出所後は,子連れの未亡人であることを結婚相手の条件として,結婚相談所に足繁く通っていたからだ。

では,裁判では何が争点になったか?

検察側は,別府湾の海面に転落した自動車を運転していたのは荒木被告人であり,彼が,カーブを曲がりそこねたと見せかけて,故意に自動車を海面に突っ込ませ,被告人自らは,転落直後に,自動車から脱出した,と主張した。

これに対し,弁護側は,自動車を運転していたのは,妻の方で,妻がカーブを曲がりそこねて,自動車ごと海中に転落してしまったために,荒木被告人は,転落直後に海中で自動車から脱出し,一命をとりとめた,というものだった。

そして,どちらの主張が正しいか? に関しては,亡妻及び荒木被告人が自動車が海面に激突した際の衝撃で自動車に体を衝突させたときに発生した各負傷部位と,自動車内の各装備品の破損状態との整合性から,どちらが運転席に乗車していたか,どちらが助手席に乗っていたと考えた方が矛盾がないか,といったことが,弁論要旨の中で詳細に論じられていた。

私としては,荒木被告人の方が,助手席に乗っており,転落当時,同人は自動車の運転席で運転していたわけではなかった,という弁護側の主張には,かなりの説得力があると思われたが,第1審大分地裁は,荒木被告人の方が自動車運転席に乗って,自ら自動車を海面に転落させたと認定した上で,死刑判決をくだしていた。

そこで,私は,徳田先生らが精魂こめて起案された,浩瀚な弁論要旨を読んだ後,徳田先生に尋ねたことがある。
「確かに,先生方のおっしゃるとおり,私も,荒木が助手席に乗っていたと思います。でも,それでも,犯行を実行することは可能ですよね。カーブを曲がるべき時点で,助手席に乗車していた荒木がハンドルを握る妻の手を止め,ハンドルを逆方向に回転させればいいだけのことですから。」と。

徳田先生は,含みのある笑いを浮かべて,何も答えられなかったが。

徳田先生の話では,最初,荒木の国選弁護人に就任して,弁護団で荒木の接見に言ったとき,「おまえたち弁護士は,オレの法廷活動を邪魔しないでくれ。防御活動すべて自分でやるから。」と言われ,彼との信頼関係を築くのに相当苦労されたそうだ。弁護活動を一生懸命やっているうちに,次第に,「なかなかやるな!」という雰囲気になって,最後には,全面的に任せてくれるようになったそうだが。

そして,この別府3億円保険金殺人事件に目を付けたのが松本清張で,彼は,わざわざ大分までやってきて,いろいろ取材されていったそうだ。もちろん,弁護人には守秘義務があるので,弁護士からは殆ど何も聞けなかったであろうが。(先日,松本清張の創作メモを収録した,松本清張の古本が名古屋の事務所近くの本屋で売られていたが,・・・・迷った挙げ句,どうせゆっくり読む時間もないだろうと思って,買うのをやめた。)

 ちなみに,別府3億円保険金殺人事件の第1審・大分地裁で,荒木の死刑判決を書いた主任裁判官(左陪席)が,裁判官を退官後,なんと名古屋で弁護士をされている。