弁護士のブログBlog
可憐な木彫りだが,円空(ENKU)仏とは,・・・
- 2020-07-02
六本木・国立新美術館にて,
開催中の「今昔アート」展の写真が週刊誌のグラビアにでていた。
が,現代アートの木彫りと,円空仏とでは,
背景・理念が全く異なるので,やはりミスマッチだな。
<棚田幸司作《つづら折りの少女》:『週刊新潮(7月4日号)』より>
可憐な少女の木彫りのバックに置かれた円空仏は,
いずれも千光寺(岐阜県高山市)所蔵・円空作「護法神」
貞享2年(1685年)頃の作品だと思われる。
(『飛騨の円空』図録所収)
千光寺の円空仏群は,晩年(54歳)の傑作が多い。
延宝4年(1676年)の時点で,円空は,龍泉寺(名古屋市守山区)にて,馬頭観音像の脇侍として天照皇太神を造顕しているが(下掲写真・左側),この像容と同じく,上掲「護法神」はいずれも胸の前に両手で笏を持っている。
一般に護法神は,円空の自刻像と考えられるので,上記像容から,
円空は,千光寺での仏像造顕の時期,既に自身の「神」性を自覚していたものと考えられる。
ちなみに,桂峯寺(岐阜県高山市)所蔵の円空作「今上皇帝像」によれば,
この造顕当時(元禄3年=1690年)は,
「天皇陛下=神(!)」という民間信仰があったもよう。
(桂峯寺蔵「今上皇帝像」『飛騨の円空』図録所収)
それにしても,円空の世界観における『神仏習合』は独特だ。