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小澤實「芭蕉の風景(196)」熱田編から

新幹線に乗って遠方に出張するときは,車内誌「ひととき」を手に取る。
このところの一押しは,俳人・小澤實氏の「芭蕉の風景」の連載物であるが,

先の広島(呉)への出張に際して読んだ今月号は,
偶々,熱田(愛知県名古屋市)で詠まれた句(揚出句とその脇句)が紹介されていた。

① 此海(このうみ)に 草鞋(わらじ)すてん笠(かさ)しぐれ  芭蕉

② むくも侘(わび)しき 波のから牡蠣(かき)  桐葉

 

①の句意は,「この海(伊勢湾)にわらじを捨ててしまおう。
 旅笠には時雨(しぐれ)が降り掛かっている。」

貞享元年(1684年),芭蕉が,江戸から郷里(三重県伊賀)を訪ねたときの往路(「野ざらし紀行」),東海道の「桑名」(現・三重県桑名市)から舟で伊勢湾を渡って(「七里の渡し」),「宮」(現・愛知県名古屋市熱田区)に到着した際,熱田の宿屋の主にして,
俳句の弟子・桐葉への挨拶句が①の句である。
「わらじを捨てる」ということは,「桐葉」の宿にしばらく逗留する趣旨であり,「笠(かさ)しぐれ」は芭蕉の造語で,宗祇(室町時代の連歌師)の「世にふるもさらに時雨の宿りかな」(世の中に生き長らえるといっても,時雨に雨宿りする間のような,はかなく短いものだ)を踏まえているという。

この句から,江戸時代の名古屋市は,熱田神宮付近から南が海だったんだ,と改めて思う。

②の句意は,「波立つ海から収穫したばかりの『から牡蠣』(殻付きの牡蠣)を酒の肴(さかな)に
 殻(から)を剥(む)いてみましたが,身がやせこけてて,侘しいものです。」

 弟子の桐葉としては,師匠の芭蕉を丁重に接待したいのだが,酒の肴に仕入れてきた
「牡蠣」は,あいにく小粒で,貧相な「おもてなし」しかできません,と詠んでいる。
 桐葉の,恐縮した思いが伝わってくるような句だ。
 小澤氏によると,「時雨」の音と「波」の音とが響き合っているとのこと。

広島に出向くと,いつも大先生が広島名産『牡蠣』をご馳走してくれるが,
昔は,熱田でも,『牡蠣』が饗応に使われていたのですね。

ちなみに,江戸時代の「宮」と「桑名」の様子は,安藤廣重の下掲・版画のとおり。

<宮>

<桑名>