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この「円空仏」は真作か贋作か?

円空仏を「贋作」であろうと思いつつも,買い集めていた時期,
「これは,真作ではないか?」と思える代物に出会うことがあった。
私のコレクションのうち,○躯は,今でも円空の真作ではないかと思っている。
そのうちの1躯が,
下掲の観音菩薩像である(以下「本件円空仏」という。)。

「これからの超高齢化社会において,もしも身寄りのないお年寄りが,
 後継者なしに亡くなってしまうことで,
 このような貴重な(?)文化財・骨董類が失われるといった可能性があれば,
 このような事態は,絶対に避けなければならない。
 どこぞの公益財団法人の如く,美術館を設立して,自ら保有する家宝の数々を
 文化財保護法の保護下に置く術のない方々のためにも,
 文化財的・歴史的価値のありそうな骨董品については,
 しかるべき公立博物館の学芸員がしかるべき鑑定を行い,
 真作とわかれば,同博物館に寄附してもらって保護・管理する,
 といったシステムが必要ではないか。」
 というのが,WADASUの持論である。

  そこで,今年の初め,WADASUのコレクションの中から,
 本件円空仏を携えて,某博物館(公立)に出向き,
 旧知の館長に挨拶した際,館長に対し,上記持論を語ったことがある。

 この際,WADASUは,事務所から持参してきていた本件円空仏を,
 館長の目の前で,おもむろに,鞄の中から取り出し,自信満々に

「館長! これを見てください。
 円空仏のレプリカは,いろいろ出回っていますが,
 これは,『私の鑑識眼』では,ホンモノだと思います。
 こんな貴重な文化遺産がオークションに出回るようでは,
 博物館が,庶民のニーズに応えているとはいえません。
 この持ち主は,『本当は手放したくないが,誰か,
 この骨董的価値を理解してくれる方,
 そう,ワタシのような方にに引き取って欲しい。』
 という切なる願いから,オークションに出品したのに違いないと思う。」

 といった持論を展開した。

 すると,館長が宣われた。
 「わかりました。この円空仏あずからせてもらっていいですか。
  本物がどうか,鑑定してみましょう。」と。
 WADASUは,内心では,(やべぇ,贋物だったら,どうしよう…と思いつつも)
 平常心を装い,「よろしくお願いします。」と言って,
 本件円空物を館長のもとに置いてきた。

 その数日後,
 館長が,私の事務所に尋ねて来られ,,申し訳なさそうに宣われた。
「ウチの学芸員の見解は,円空仏の『模作』とのことです。」と。

そして,館長が,当該学芸員のメモをもとに,語られた
『模作』(要は,贋作・偽作)の根拠は,要旨次のとおりであった。

1.本件円空仏の本作は,高田寺所蔵(北名古屋市[旧師勝町])の
「如来座像」(以下「本件如来座像」という。)である。

2.本件如来座像の背面には,着物の襞(ひだ)を示す『2条』の三日月型の刻み目
 があるが,本件円空仏の背面では,『3条』に襞に「改変」して刻まれている。
 (前掲写真の黄色の矢印参照)

3.本件如来座像の背面の刻み目は,円空による梵字の墨書が入れられているところ,
 梵字の墨書は,『仏に魂を入れる』ものであるから,
 円空自身が刻み目を入れることは考え難い。
 したがって,円空自身が本件如来座像の背面に刻み目を付けたとは考え難い。

4.したがって,本件円空仏においては,
 「円空の所為」とは考え難い所為(すなわち,背面の刻み目)
 まで「類似」しているから,本件円空仏は『本件如来座像の模作』である。

 

はたしてそうであろうか。

しかしながら,上記学芸員の上記見解には,ちと異論がある。
WADASUの卑見は,次のとおりである。

(1)まず,「着物の襞(ひだ)」を示す「三日月型の刻み目」が2条か3条か
  という点は,本質的な差ではないであろう。むしろ,真に「模作」ならば,
  オリジナル(本件如来座像)に合わせて,「刻み目」の数を2条にするはずであろう。
   したがって,「三日月型の刻み目」の違いは,むしろ,「『模作』ではないこと」を
  裏付ける根拠といえなくもない。

(2)次に,「梵字の墨書は,『仏に魂を入れる』ものであるから,
  円空が,その墨書の上に刻み目を入れるとはことは考え難い」という前提
  についても,疑問を差し挟む余地がある。
   「背面の梵字の墨書の上に刻み目」が入れられた円空仏は,
 いくらでもあるからである。例えば,そのような例として,
 愛知県稲沢市・禅源寺所蔵「薬師如来像」を挙げられる。

  したがって,本件円空仏の背面に刻み目があること故に,「模作」であるとの立論は,
 円空自身も,仏像の背面に墨書した梵字に,刻み目を入れた例があることから,
 当該立論の前提にも疑問を差し挟む余地がある。
 (なお,円空仏には,背面に墨書のないものもあるので,
  梵字による墨書の有無は,真贋を判断する上での決定的要素とはいえまい。)

(3)そもそも,本件円空仏のオリジナルが,高田寺所蔵の「如来座像」である,
 という前提自体にも,疑問を差し挟む余地がある。
 実は,本件円空仏は,富山県婦負郡細入村にお住まいの方の個人蔵,
 同村の慈願院蔵(下掲写真),あるいは,岐阜県下呂市金山町にお住まいの方の
 個人蔵の「観音菩薩」と全く同じ様式のものであり,この関係者のうちの一人が,
 本件円空仏を手放したとみて,矛盾がないからである。

 以上の愚考を経て,今なお,WADASUは,
「本件円空仏は真作である!」と勝手に思うことにしている。
 紅茶で巧妙に色づけされているに過ぎないという意見も今なお有力で,傾聴に値するが・・・。

コチラ(↓)のブログも読んでね。

マイコレクション・円空仏の真贋~「円空学会の見解」発表!!

 https://www.kitaguchilaw.jp/blog/?p=3668

続・マイコレクション・円空仏の真贋~「円空学会の見解」発表!!

 https://www.kitaguchilaw.jp/blog/?p=3653