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弘法大師・空海のカリスマ伝説は,やはり後世の産物?

弘法大師・空海といえば,超人的な超能力の持ち主で,加持祈祷によって奇蹟を起こすカリスマのイメージが強い。だが,歴史的現実は,必ずしも伝説のとおりではなかったようだ。

空海の言行録として著名な文集に,「高野山雑筆集」と「性霊集(遍照発揮性霊集)」がある。そして,この文集に共通して,空海が弘仁7年10月14日,嵯峨天皇に宛てた奏上文「弘仁天皇(嵯峨天皇)の御厄を祈誓する表」というのが出てくる(弘法大師・空海全集第6巻592頁,同第7巻26頁)。

これを現代語訳すると,・・・

仏教徒(沙門)空海,陛下に)申し上げます。畏れ多くも陛下(嵯峨天皇)がご病気(「聖体の乖予(くわいよ)」)とうけたまわりました。茫然自失しております(「身心,主なし」)。すぐさま多くの弟子の僧侶らとともに仏法の儀礼に従って,七日間日夜と期限を定めて(「法に依って一七日夜を結期(けつご)して」),今月八日より今朝に至るまで御祈祷を続け,七日間がまさに終了しようとしております。この間,真言読誦の声は絶えることなく(「持誦の声響き間絶せず」),護摩を焚く火炎は昼夜をわかたず燃え続きました。こうして神仏に加護を仰ぎ(「以て神護を仏陀に仰ぎ」),お身体のご病気の平癒を祈願しました(「平損を天躬に祈誓す」)。しかるに,いまだに効果が現れず(「感応未だ審(つまび)らかんぜず」),自分の不甲斐なさを責め(「己を剋(せ)めて」),肝が爛れる思いでございます(「肝を爛(ただ)らす」)。
 伏してお願い申し上げます。何卒,わが意中をお察しくださいますことを。ここに慎んで,加持祈祷いたした「神水一瓶(しんすいいちびょう;おまじないの水)」を進呈いたしますので,何卒,お薬に添えて服用され,ご病気を取り除かれますようお願いいたします。仏教徒・空海,心から慎んで申し上げる次第でございます。
 
三日三晩という言葉があるが,空海は,ご病気になれた嵯峨天皇の病気平癒のため,弟子ともども七日七番,日夜ぶっとおしで,真言を唱えつつ,祈祷をあげ続けたが,失敗したらしい。やはり空海とはいえ,常に奇蹟を起こす超人カリスマではなかったのだ。

もっとも,このエピソードについては,「偶々,失敗しただけなのだ。」といいたい真言宗・信者の方々もみえるかもしれない。

だが,空海和尚の「御祈祷の」失敗は,これだけではなかったらしい。

例えば,空海が右兵衛府長官(御所の警備責任者)の藤原相公閣下に宛てた書簡に次のような一文がある(高野雑筆集より)。

仁を実践する政務につかれ,このたびの人事異動では,(右兵衛府の)長官を拝命されたとの由,安堵いたしました。また,先般,お指図をうけたまわってから,(陛下の)ご平癒を祈念して,修法を続けております(「修念休まず」)。ところが,未だに好き徴候がみえず,慚愧に堪えません(「然りと雖も,未だ好相を得ず。深く以て己を剋(せ)む」)。陛下のご尊体は,その後いかがでしょうか(「未審,聖躬如何に」)。お知らせいただければ幸甚です。慎んで,本書状を奉ります。謹啓」

 どうやら,空海和尚は,このときも御祈祷に失敗したらしい。

聖人」とはいえ,人間味があって,何となく微笑ましいエピソードだ。