北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

正法寺の円空作・十一面観音は、左手に水瓶を持っていたのか?

円空が正法寺(愛知県海部郡甚目寺町)に遺した十一面観音の左手は,親指と中指で輪を作った形をしており,中品中生(ちゅうぼんちゅうしょう)の印型に似た特異な印相である。

 

 正規の「中品中生」であれば,左右両手ともに対称的な輪が作られているはずであるが,円空作の十一面観音の場合,その殆どの左手が五本の指で水瓶を持ち,右腕の方は下方に下垂し,右手五本の指を与願印のように伸ばした念珠型である。例えば,青森県田舎館村の十一面観音菩薩立像(下掲左)や,名古屋市博物館蔵の十一面観音菩薩立像(下掲右)は,いずれも左手五本の指を使って水瓶を持っている。

 この点,円空学会の小島梯次理事長は,(1)正福寺(滋賀県甲賀市甲南町杉谷2928)の十一面観音の両手の指・形が,正法寺・十一面観音とほとんど同じであり,かつ,左手の親指と中指で水瓶を持っていることに加え,(2)勝林寺・十一面観音においても,左手の水瓶こそ失われているが,左手の親指と中指で輪が作られており,かつて水瓶を持っていたことが窺われ,同様の十一面観音像が相当数遺されていることから,正法寺・十一面観音像についても「水瓶念珠型の像ということができる」と述べておられる(季刊「円空学会だより」119号,平成13年4月1日発行)。つまり、円空の正法寺・十一面観音立像は、左手で水瓶をもっていた像容を模ったものというご理解のようである。

 

はたしてそうか?

なるほど正福寺・十一面観音は,左手の親指と中指で水瓶を持っている。

 

また,勝林寺・十一面観音が,どのような像容か小生にはわからないが,ネットで検索すると,下掲・写真が勝林寺・十一面観音とされており,この像容によれば,確かに左手の親指と中指で輪が作られており,かつて水瓶を持っていたことが窺われる。

 

 しかしながら,正福寺・十一面観音や上掲勝林寺・十一面観音の左手は,正法寺・十一面観音の左手と比較した場合決定的な違いがある。すなわち,前者の左手の場合は,親指と中指と作られる輪は水平面を形成しているので水瓶を持つことができる。これに対し正法寺・十一面観音の場合,親指と中指と作られる輪は垂直面を向いているので,「それなりに重量のある」水瓶を,二本の指で支えて持つことはできない(下掲スケッチ図参照)。

ちなみに,室生寺(奈良県宇陀市室生78)の十一面観音も,あたり前だが,左手の親指と中指で作られた輪は水平面である。

 したがって,正法寺・十一面観音の左手は,勝林寺・十一面観音の左手印相や中品中生の左手印相にヒントを得つつ,円空が独自にアレンジして造顕したものと考えられる。このことは,小島理事長も言及されている,関市広見・白山神社十一面観音において,左手印相が中品上生で,右手印相が念珠型(与願印)としてアレンジされていることからも裏付けられているように思われる。

[追記(10月17日)]昔,名古屋市博物館館長(当時)からいただいた円空展の図録を見ていたら,愛知県岡崎市在住の個人蔵の円空仏の場合、右手が中品上生の手印で,左手が与願印となっている。関市広見・白山神社十一面観音の手印と逆の手印であるが,こちらは阿弥陀如来立像とされている。