北口雅章法律事務所

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プーチンの大いなる幻想的枠組み

プーチン=ウクライナ戦争の本質・原理がこれまで見えてなかった。

プーチンは、何故、甚大なコスト(ロシア経済の減退、戦死者の輩出、人心離反)を顧みず、無謀ともいうべき絶望的な戦争を続けるのか。否、プーチン自身が、「自分が今何をめざして何をやっているのか?」、「自分自身を戦争への駆り立てている(無意識の)衝動(passion)は何か?」を自覚できない状態に陥っているのではないか?
 なぜ、ロシア正教会の総主教が「ウクライナがサタンの支配下に入った」と称し、プーチンを「首席エクソシスト」に任命する、などという、アナクロニズム(時代錯誤)が登場するのか?

大澤真幸先生(京都大学大学院教授)の「この世界の問い方」(朝日新書)を読んで、「目から鱗が落ちた」ような思いがした。

大澤説によると、「プーチンの歴史的参照項」は、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)にあった。古代ローマ帝国は、テオドシウス帝(379-395年)が、その死に際して国土を東西に二分した。このうち西ローマ帝国は、ゲルマン民族の大移動のさなか、100年ももたずに滅んだ(476年)のに対し、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の方は、千年近く存続し、ロシア正教圏全体への影響力を保持した。プーチンの目標は、ロシアの「大国」化であり、そのモデルとしてビザンツ帝国を再現しようとしたのではないか。ビザンツ帝国は、ロシア正教の中心地であり、政治的指導者であるプーチンは、大衆以上に、宗教(ロシア正教)や、民族的なアイデンティティ(「われわれがビザンツの末裔だ」)に依拠しない限り、自らを鼓舞することはできない
 
 その背景にあるのは、ロシア正教の文化的伝統・文明を代表する「大国」としての「使命」を果たそうというプーチンの野望であり、西側キリスト教(カトリック・プロテスタンティズム)の文化的伝統・文明に対する対抗心である(「文明の衝突」)。そして、その心情と裏にあるのが、「西側」=アメリカをその中核的な「大国」とする西洋文明への劣等感(羨望・ルサンチマン)である。

 現代ロシア(プーチン)の立場からみれば、自分たちは、自力で社会主義=共産主義体制を克服し、ソ連を解体させたにもかからず(=勝者であるはずにもかかわらず)、東西冷戦の「敗者」として冷遇されることに強い屈辱感を覚える。ウクライナは、同胞(同じ「ビザンツの末裔」)でありながら、「ロシア」=「正教」ではなく、西側を選択した(EU加盟を表明した)ことが、プーチン=ロシアにとっては、屈辱的・サタン的で許しがたい裏切り行為だったのだ。だが、その根底には西欧への劣等感(羨望・ルサンチマン)が潜在しているのであって、ロシア(プーチン)は、西欧を選んだウクライナの中には、自身が否認・否定しようとした「自分の姿」が投影されている。人は、一般に、自分自身の中にある嫌悪すべき何かを、他人のうちにみたとき、その他人を激しく憎悪(実は、自己嫌悪)するものなのだから。