北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

和久峻三著「円空の鉈(なた)」

久しぶりに実家に行き、昔使っていた書棚を見ていたら、和久峻三「頭のきれる奴は法律に強い」(ワニの本 1983.7.1 :34版発行)が置いてあった。和久先生は、私が学生時代、将来のロールモデルとして思い描いていた人物の一人であるが、私の父より年上の世代の方なので、われわれの世代より若い世代の法曹関係者は、あまり知らないかも。

 

 和久先生は、本業は「弁護士」だったが、『仮面法廷』で第18回江戸川乱歩賞を受賞されて有名人になってからは、ミステリー作家として活躍され、なかばタレント化していた。私が和久先生のことを知ったのは、大橋巨泉が司会のテレビ番組「クイズダービー」に、竹下景子とともに解答者としてレギュラー出演されていたことによる。

実は、和久先生のミステリー短編小説に「円空の鉈(なた)」昭和38年9月発表)という作品があり、手つかずのまま書棚に収められていたが、さきほど読んでみた。

 物語は、主人公の元社会部記者が、清峯寺の住職のもとに、同寺所蔵の円空作「不動明王」の出品を依頼する目的で訪ねるところから始まる。
 そもそも、現実の清峯寺(尼寺では?)には、著名な円空作・千手観音三尊像が遺るが、不動明王は遺されていない。その反面、表紙絵のモチーフとされている不動明王像は、清瀧寺(栃木県日光市)の不動明王なので、「…」と思う。
 そして、物語の設定としては、ひと月前に、清峯寺の住職とも面識のある古美術ブローカーが殺害されるといった殺人事件が「迷宮(おみや)入り」していたところ、主人公が、その円空作「不動明王」が実は偽作であることをつきとめ、その像の背部の溝から、その殺人事件に凶器として使われたとみられる「血痕の付いた鉈」を発見し、その犯人を調査するという展開である。予想される犯人が二転三転する、複雑なミステリーで、和久先生が「相当頭のいい方」だというのはよく判る。しかしながら、考え抜かれた物語の展開が複雑すぎるがゆえに、「前後・背後で矛盾はない」ものの、やはり殺害動機の軽薄さと、犯行計画・犯行態様の複雑さとのアンバランスが、物語を非現実的なものにしてしまっているように思える。