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円空が「中山」で詠んだ和歌をめぐって

小島梯次著「円空・人」(176頁以下)によると、円空は、「中山」(岐阜県・上宝町)にて、この地名を詠み込んだ和歌三首を遺している。これら三首(1265番、1271番、1274番)を円空歌集の「底本」からコピーすると、下掲のとおり。いずれも難解そうだ。

 

 

特に難解な歌が1271番。

 

●渡津海や峯主中山のくの目ニ祝川合の里(1271番)

初句の「渡津海(わだつみの)」は海神(円空の場合は、おそらく龍神)か、「神」に掛かる枕詞で、第2句の「峯主(峰のあるじの)」も円空の山岳信仰からすれば何となくイメージがわく。これに対し、「くの目」という文字を見て、ピンとくる現代人がいかほどいるであろうか。
 この第3句を見て、私としては、分析・解釈を端から諦めかかったが、本和歌の直前の和歌(1270番)が直観的に気に掛かった。「主(あるじ)」「目」という二つのキーワードが共通していたからだ。
 と思って、1270番に焦点を移すと、実は、この歌も難解ではあるが、円空の和歌の中では、比較的有名な歌であることに気づく。

守らん目をしつたかの二二五六ハ白と墨との主(あるじ)に在(ましま)

[分析]「しつたか」は、「尻高」(地名)と「知ったか」の掛詞。二二五六」は、円空特有の文字で、「四五六」=「双六(すごろく)」(遊戯)の意であって、「目」と「白」と「墨(=黒)」とが「双六」の縁語になっている。また、「双六」は「双六谷」(地名)とも掛詞になってる。
 「白の主」白山神を象徴しており、「墨の主」は、「墨(くろふ)の山の神」=「位(くろう)の山の神」=「位山の神」を暗示している(以上につき、棚橋一晃著『奇僧円空』145頁参照)。ちなみに、「二二」について、私は、サイコロの「四」の「目」の図柄からの円空独自のユーモアあふれる象形文字ではないか、と理解している。

上記のごとく、1271番の歌と、1270番の歌とに関連があるとすれば(多分、関連すると思われる)、「くの目」は、双六の目を意味することになる。したがって、「く」は「苦」ではなく、「九」の方。つまり、双六で二つのサイコロ(賽)をふったら、四と五の目が出た、ということになる。何故、「九(四・五)」(死後?)の目が「祝(いわい)」の対象となるのか? 残念ながら、謎は残る。「川合の里」という地名があるらしい。

 

●陰かの 飛た(飛騨)の中山 忍ふ草 
 法の窟の 苔のむしろに[1265番]

[分析]「忍ふ草」は、羊歯(シダ・植物)の一種の意味の外に、「忍ぶ(耐え忍ぶ)」と「偲ぶ(しのぶ)」が掛けられており、「大峯山の岩屋(鷲窟)の苔の筵」を思い出したのかな?とも思ったが、1274番の歌によれば、上宝村の中山にも「法窟」(修験者が修行する洞窟)が存在していたことが窺われる。したがって、上掲歌の「忍ふ草」も、単純に修業に耐え忍ぶを掛けているものと考える。
「陰かの」は、「おかげ(蔭)かの」か「かげるかの」かのいずかかな?と思ったが、「偲ぶ」の意がないとすると、前者の意味はなさそうだ。
結局、[歌意]としては、飛騨の中山の洞窟内では、「苔の筵」とともに、忍草が叢生している。修業をしていると、日が陰ってきた、という意か。

 

●ひた(飛騨)の国 法窟ハ 中山の
 世に しつかなる □きよきに[1274番]

[分析]□の文字は、和歌の書かれた和紙が虫に食われて不明だが、円空において、「清きに」と最も結びつき易い言葉といえば「心」であろう。

[歌意・解釈]飛騨の中山にある洞窟内は静まりかえっている。ここで、修業をしていると、心が洗われるように、清らかな気分になります。

 

追記

私は、当初、円空が和歌の中で詠み込んだ「中山」が、岐阜県の「神岡町」にある「中山」であるものと勘違いし、その前提で先のブログを書きました。ところが、このほど小島梯次理事長(円空学会)に、当該「中山」は「上宝町」にある旨、間違いをご指摘いただきましたので、先のブログの前書き部分をほぼ全面削除し、本ブログを改訂しました。円空が神岡町で詠んだ和歌については、追って私なりの理解をブログで紹介させていただきたいと思います。