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古今和歌集で勅撰されし「桜の花」の和歌

古今和歌集・巻第二 春歌下の殆どが「桜」が歌題になっており、かつ、その多くが、桜花があっけなく散っていくのを惜しむ歌である。

●世の中に たえて桜の なかりせば
  春の心は のどけからまし 
  (在原業平朝臣)

[現代語訳]世の中に、桜というものがまったくなかったなら、春はどんなにかのどかな気分でいられるだろうに。

 

●ことならば 咲かずやあらぬ 桜花
  見るわれさへに しづ心なし
(紀貫之)

[現代語訳]どうせ散ってしまうものなら、いっそ咲かずにいてくれた方がよいのに。桜が散るのはあわただしいものだが、見ている自分まで、落ち着いた気分でいられないから。

 

●ひさかたの 光のどけき 春の日に
  しず心なく 花の散るらん
(紀友則)

[現代語訳]日の光がのどかに輝いてい春の日に、なぜ、あわただしく花は散るのであろうか。

 

だが、昔から、「散る」ことを、逆に、喜ぶ向きもある。老荘思想のように。

 

●残りなく 散るぞめでたき 桜花
  ありて世の中 果(は)ての憂(う)ければ
(よみ人しらず)

[現代語訳]盛りがすむと、未練げもなく散ってしまう、それが桜のいいところだ。世の中の常として、いつまでも永らえていると、ろくなことにならないものだから。

以上、「新潮日本古典集成・古今和歌集」(奥村恆哉校注)

 

昨日の「折々のことば」も、昔ながらの言葉ですな