北口雅章法律事務所

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戦場のレクイエム(Requiem 鎮魂歌)

平川祐弘名誉教授(東京大学)の論考「天皇と死者と鎮魂」
(『正論』2019.11産経新聞社所収)を拝読した。

論旨は,日本の天皇は,「伊勢神宮に祀られた神々を皇室の祖神と仰ぎ,神道の祀り事を司る大祭司」であり,その宗教文化的伝統の継承者として,国民とともに,国民のために祈ることこそが一番の務めであり,「皇室が『日本国民統合の象徴』であるのは,生きている日本人だけの統合ではない。死んだ祖先を含んだ上での統合である。天皇,皇后や皇族が,戦場で死んだ人の霊を弔ってくださると有難いのはそのゆえである。」というものである。
「神道では善人も悪人も神になる。」「本居宣長は『善神(よきかみ)にこひねぎ…悪神(あしきかみ)をも和(なご)め祭る』と『直毘霊(なおびのみたま)』で説いた」こと等から,鎮魂は正邪や敵味方の別を超えて行われてこそ意味があるという考え方が日本にはある。のに対し,反共の汪兆銘の墓は,戦後ダイナマイトで爆破し,蒋介石の母の墓まで破壊したという,中国(共産党政府)は,理詰めで不寛容な「墓を暴く国」とされ,いろいろ興味深いことが語られる。

が,このブログで紹介したいことは,

「鎮魂の情は古今東西に通じる」として,
戦死者を弔うべく,詠まれた鎮魂歌を2つほど翻訳して紹介されていることだ。
いずれも感動的なので,全文を紹介しておきたい。

ひとつの鎮魂歌(Requiem)は,
ローレンス・ビニョン(英国)の
「For the Fallen《戦死した人たちのために》(1915)
(※第一次大戦で倒れた者の死を悼んだ詩とのこと。)

誇りと感謝をこめて祖国はその赤子(せきし)に弔意を表する,
義のため自由のためにはるかなる山河(さんが)に倒れた若者を。
かれらは戦場へおもむいた,颯爽(さっそう)と,
歓呼の声に送られて,
味方に倍する敵をものともせず,頑強に,最後まで戦った,
敵を見据えたまま,戦死した。
かれらが老いることはない,
われら残された者が老いるようには。
赤い夕陽が沈むとき,われらはきっとかれらを思い出すだろう。
かれらはもやは笑いさんざめく仲間には戻らない,
もはや食卓の決まった席につくこともない。
かれらは眠る,海の彼方,わだつみの泡立つ方に。
だが隠れた泉のごとく,目に見えずにしみわたる,
祖国の大地の胸の中にその声はしみわたる。
大空に星の光が知られるように。
かれらは輝く,燐然と星のごとく。
われらが朽ち果てたときも。
かれらは堂々と進む,天高く,高天原(たかまがはら)を。
暗黒の時代にも必ずや輝く,天上の星として,
いつまでも,祖国を照らす。

 

もうひとつの鎮魂歌(Requiem)は,
屈原(中国,西暦紀元4世紀前)の
『国殤(こくしょう)』(国殤とは,国事に殉じた者と指す)

〈戦死した人たちのために〉
「我等は矛を握り,革の胸当てに身を固め,短剣で切り結ぶ。
 馬車の軸は軸に当り,空行く軍旗は日を蔽う。
 敵は雲のごとくに押し寄せる。
 矢は雨のごとく降りしきり,兵は先を争って進む。
 敵は我が隊列を乱し,前線を破ろうとする。
 左の副馬は倒れ,右の副馬は傷つく。
 倒れた馬が邪魔となり,もはや車輪を先に進めることもできない」
「兵士らは玉(ぎょく)の撥(ばち;棒)を掴み,
 太鼓を高らかに打ち鳴らす。
 だが天の時は彼等にそむき,神々は怒り猛る。
 益荒男(勇者)はことごとく死に,野辺によこたわる。
 彼等は出征したが,戻らない。
 国を出たが,帰らない。
 野辺は平らにはてしなく,家路はあてどなく遠い。
 剣は脇にあり,手はなお弓を握りしめる。
 五体は引き裂かれたが,心は屈しない。
 彼等は真に勇敢であった。
 最後まで雄雄しく,犯すべからざるものがあった。
 肉体は滅びたが,精神は不滅である。
 彼等は鬼神の将となり,死者たちの雄となるのだ」

 

上掲・各鎮魂歌(Requiem)に共通する主題といえば,
日本では,やはり・・・

大伴家持「海行かば」
『万葉集』巻十八「賀陸奥国出金詔書歌(陸奥国に金を出す詔書を賀す歌)」

海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 
山行かば 草生(くさむ)す屍(かばね)
大君の 辺(へ)にこそ死なめ 
かへり見はせじ 

海に行けば,水浸りになって波のまにまに漂う,
山に行けば,路傍に遺棄されて,半ば野草に蔽われた屍(しかばね)となろう。
せめて天皇陛下のおそばで死にたい。後ろを振り返ることはしない。

防人(さきもり)達が,「かえり見」しなかった対象は何か?
「最愛の母や妻をその郷里に遺して任に赴くという心情」,
この肉親愛を犠牲にしようとする決意が,
すなわち,「積極的に対立反発するものと提示してこれを否定することによって,先行の主題,『大君の辺(へ)にこそ死なめ』を力づけているのである。」と。

<参照> 高木市之助『吉野の鮎』(岩波書店)所収「海ゆかば」

 

特攻隊を侮辱するヤツ,その侮辱を支援したヤツらを,私は,絶対に赦さない。