北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

夫婦間の「冷戦」,7年間の持久戦の結末は?

判例時報の最新号(2427号)に,
夫婦の別居期間が7年に及んだ場合において,
夫から離婚請求をしたところ,夫が,控訴審で「逆転敗訴」した判例が出ていた。
(東京高裁平成30年12月5日判決)。

離婚判決には興味がないので,法律雑誌を読むときも,パスするのが通常であるが,
このケースは,第1審と控訴審の判断が分かれていたことと,
偶々目に入った第1審の裁判官が,
名古屋地裁での勤務歴のある,「顔見知りの」女性裁判官だったので,
読んでみた。

訴訟当事者は,平成5年に婚姻し,
平成29年に(2度目の)離婚訴訟に至っている。
夫は会社員で,妻は専業主婦。
長女は成人・独立したのか登場せず,次女は高校生という家族構成。

夫(原告)の主張を読むと,「精神的な地獄絵巻」が想起される。
些細な買い物でも,妻から値段を執拗に聞かれ「浪費大王」と揶揄される。
暗く湿った二畳半の納戸の部屋で寝かされて,目覚まし時計の使用を禁止され,
海外留学したいという希望は一蹴されるなど「精神的虐待」を受けた。
別居を決意し,自ら自宅を出た後は,
いつの間にやら,妻が,夫に内緒で,夫の亡父と養子縁組し,
亡父の生命保険の受取人が夫から子らに変更されていた。

高裁の判決文をみると,夫(原告)は,「弁護士のアドバイスにより」
「別居を長期間継続させれば,裁判離婚に漕ぎ着けられる」と信じ込んでいたようで,
その間,妻との話し合いを一切拒否し,連絡・接触も避けて,
7年間の別居生活を貫き通したもよう。
かくて,7年間の別居生活が「婚姻関係の破綻」(離婚事由)に当たると主張し,
離婚を拒む妻を相手に離婚訴訟を提起した。

第1審は,物わかりのいい女性裁判官に恵まれて,離婚が認められた。

が,喜んだのもつかの間,

東京高裁は,夫(原告)の離婚を認めなかった。

「話し合いを一切拒絶する夫による,妻・子ら・病親を一方的に放置したままの7年以上の別居」による婚姻関係の「危機」は,夫が作出したもので,夫は「有責配偶者」に準ずるし,信義誠実の原則に反する,というのがその理由だ。また,専業主婦の場合は,職業経験に乏しいまま加齢して収入獲得能力が減衰することから,夫の離婚請求を認容して,妻の婚姻費用分担義務から「解放」することは「正義に反する」とも説示している。

家族問題は,考慮要素が複雑に錯綜するので,
事件記録を読んでいない第三者がコメントすべき立場にないことは承知している。
が,妻側は,本人訴訟を遂行したようで(訴訟上は,代理人弁護士がついていない),控訴審裁判所の同情をうまく勝ち取った可能性がある。その反面,「魂の解放」から一転,再び「奈落の底」に突き落とされたような気分を味わったであろう夫の方は,諦めがつかずに「上告・上告受理申立て」をしており,夫の悲鳴が聞こえてくるようだ。このような夫の心情を考えると,婚姻関係が破綻していることは明白であって,妻の方は「戦略的には」「夫には自宅に戻って次女と同居して欲しい」と主張するであろうが,夫婦関係に回復の見込があるとは到底思われない(夫の主張によれば,別居後は,次女も,妻から暴言・暴力を受け,かつ,父親の不貞行為の証拠集めを命じられていた,という。)。

妻の方では,夫の父親と同居し,その面倒をみて最期を看取ったようなので,同情の余地があるが,それにもかかわらず,夫の方では,「別れたい」と切願しているのであるから,7年半に及ぶ別居生活の「実績」と,それほどまでに夫に頑なな態度を招いた別居前の妻の行状・「過酷さ」等に徴すると,控訴審の判断は,妻から「精神的虐待」(モラルハラスメント)を受けた夫に対し「婚姻」の名の下にさらなる「苦役」を科すに等しいもので,人道的だとは思えない。妻の方では,判示内容からも,夫の亡父の財産を既に相当程度「収奪」していることが窺われ,離婚を認めたからといって,直ちに経済的苦境に陥るとは思えない。

夫をして,妻の婚姻費用分担義務から「解放」することは「正義に反する」にしても,
裁判所が,夫の「魂の解放」(精神的自由)を認めないことも「正義に反する」のではないか。