北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

弁護士にとっての550万円の重み

最高裁のホームページで、「最近の下級裁裁判例」の一覧表を見ていたら、地元・名古屋地裁の刑事裁判例(令和6年6月13日判決言渡)が眼に止まった。業務上横領事件とのことで、判決全文を開いてみると、「被告人は、愛知県弁護士会に所属する弁護士であったもの」とあり、「県弁護士会の副会長就任等により弁護士収入が減少する一方で…」とある。さすがにここまで読めば、わが業界では、人物は特定されてしまう。

 

(中略)

 

 

被害金額は、約550万円
通常であれば、返済できないはずがない金額である

(被害弁償さえすれば、通常は、執行猶予がつく。)。

ところが、「被告人(元弁護士)は(約550万円の)全額を費消してしまっており、何らの被害弁償もしていない」 とのことで、「懲役3年6月」の求刑に対し、「懲役2年6月」の実刑判決がくだっている。つまり、被害弁償が全くできなかったのだ。

県弁護士会の副会長就任」と「弁護士収入が減少」を結びつけて主張することには違和感を覚える。副会長はボランティアであるから、その任務期間(つまり1年間)は「弁護士収入がゼロ」になることを見込んで、それを承知の上で、副会長に立候補するのが当然だからである(かつては、「2000万円のお金が貯まったので、副会長に立候補します。」と宣言して副会長になられた、先輩弁護士もいた。)。

 一方、「クラブ等での支出がやめられなかった」という動機も理解に苦しむ。業務上の預かり金を自らの遊興費に支出するなど、論外だからである。

 そうはいうものの、いわゆる「司法改革」後の弁護士業界の実情に照らし、「主に扱っていた消費者関連事件の減少や弁護士の増加」で、「事務所経営がひっ迫」することは、十分に酌量の余地があり、理解できなくはない。

 だが、問題は、被害弁償のために、「何故に、たかだか約550万円のお金さえも、調達できなかったのか?」である。その個別事情を判決から読み取ることは難しい。これは、やはり、「被告人(元弁護士)」だけの問題ではなく、わが業界全体の問題(弁護士の経済基盤の脆弱化の問題)であろう。

 情状酌量として、被告人に有利な事情として認められていることは、
①.「前科がない」こと、
②.「本件犯行を認め」ていること(自白)、
③.「後の収入の中から被害弁償を続けていく旨述べるなど反省の態度を示していること」、
④.知人の弁護士が今後の更生への協力を約束していること
以上の4点である。

頭を抱えたくなるのは、上記④の事情である
上記「知人の弁護士」が「今後の更生への協力を約束している」というのであれば、何故、その「知人の弁護士」は、「被告人(元弁護士)」に対し、被害弁償金相当の約550万円を貸与してやらなかったのだろうか?。いわば、「550万円で執行猶予を買い取り」その「知人の弁護士」のもとで、「被告人(元弁護士)」を「懲役2年6月」相当の期間、「奴隷の如く」働かせても、貸与金550万円の回収見込みがつかなかったからであろう。つまり、いわゆる「司法改革」で弁護士の数を極端に増やした後の、弁護士の平均的稼働収益などその程度のものであって、「類は友を呼ぶ」というべきものかもしれないが、その「知人の弁護士」も、実は、「事務所経営がひっ迫」していることが窺われるのだ。

「明日はわが身」かもしれない。

だが、「虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)」を受けるくらいなら、弁護士を辞めたいものだ。