北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

中原中也の詩

我々が思春期の頃(高校時代)、
大抵の教科書で採用されていたのが、『一つのメルヘン』だった。

 

一つのメルヘン

秋の夜(よ)は、はるかの彼方(かなた)に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました。

陽といっても、まるで硅石(けいせき)か何かのようで、
非常な個体の粉末のようで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもいるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄(いままで)流れてもいなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました……

 

いろいろな解釈が可能な詩であるが、
この詩人の詩が気になって、詩集を買って読み、
『骨』などの作品にギョッとさせられた記憶がある。

 

ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きていた時の苦労にみちた
あのけがらわしい肉を破って、
しらじらと雨に洗われ、
ヌックと出た、骨の尖(さき)。

それは光沢もない、
ただいたずらにしらじらと、
雨を吸収する、
風に吹かれる、
幾分空を反映する。
生きていた時に、
これが食堂の雑踏の中に、
坐っていたこともある、
みつばのおしたしを食ったこともある、
と思おもえばなんとも可笑(おか)しい。

ホラホラ、これが僕の骨……
見ているのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残って、
また骨の処(ところ)にやって来て、
見ているのかしら?

故郷(ふるさと)の小川のへりに、
半ばは枯れた草に立たって、
見ているのは、……僕?
恰度(ちょうど)立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがっている。

 

大学時代に購入したままツン読してあった、中村稔先生(詩人・弁護士)の「言葉なき歌・中原中也論」(角川書店)が気になり、読んだ。中村先生の原体験は、中原中也の『春日狂想』にあったとのこと。

 

春日狂想

愛するものが死んだ時には、 自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、 それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業ごう《?》が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

 

 

大岡昇平曰く「(中原中也は)神と倨傲(きょごう=傲慢)の間を揺れ動いた」
中村稔先生曰く「詩人は生活圏(社交圏)と対立して生きていかねばならないのに、しかも、生活の手段としての言葉(名辞)によってしか、詩作をすることはできない、ことに気づいた時期」に、「回心」、「敬虔なる感情」が湧き起こった。それは、「神の恩寵をまちのぞむ姿勢」であり、「『誠実』に生きることに賭けようという決意であった。」(41~43頁)。
「名辞(言葉)をはぎとった世界の暗黒から、つかのま揺曳する光をとらえることのほか、宿命的に詩人でしかありえない彼に許されないと自覚したとき、中原に回心が起こったのであった。」(58頁)
 そして、「『誠実』ということは、中原中也にとっては、自らに忠実であることを意味していたこと、『誠実』こそが芸術的創造の必須の原因であると信じていた」(65頁)。
「『春日狂想』に出てくる『奉仕』は『誠実』の最後の変奏である。」(77頁)。
だが、業深き人間には、「『本なら熟読、人には丁寧』、『テムポ正しき散歩をなし』、『「麦稈真田(ばっかんさなだ;麦わらを平たくつぶし編んだもの)を敬虔に編み』、毎日日曜のようにすごすほどのことしかできない。」

中原中也の詩には、「魂を揺すぶられる」(中村)ものがある。
どの詩の何処に反応するのか? 読者によって千差万別であろう。
私の場合は、…

 

あわれわが若き日を燃えし希望の
今ははや暗き空へと消え行きぬ。…(『 失せし希望 』)

亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
城の塀(へい)乾きたり
風の吹く…(『夏』)

屠殺所に、
死んでゆく牛はモーと啼いた。…(『 屠殺所 』)

 

海にいるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にいるのは、
あれは、波ばかり。

曇った北海の空の下、
波はところどころ歯をむいて、
空を呪っているのです。
いつはてるとも知れない呪。…(『北の海』)

 

…森の中では死んだ子が
蛍のように蹲(しゃが)んでる(『月の光 その二』)

(画:やなせたかし)

 

 

ああ神よ、私が先ず、自分自身であれるやう
日光と仕事とをお与え下さい!(『寒い夜の自画像3』)