北口雅章法律事務所

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「玉」の在処(ありか)と、その意味

「玉」の原義は、「球状の美しい小石」を意味し、「鮑玉」という言葉があるとおり、真珠を意味することが多い。特に万葉集で「白玉」といえば、真珠であろう。

真珠か小石かはともかく、観察できる「玉」の在処は、海の浜辺で、波が打ち寄せてくる場所であろう。つまり、沖の海底〈水底(みなそこ)〉にあった真珠・小石が、波に押されて、浜辺・岸にたどり着くことが、古来、自然の営為として観察できた。

したがって、「玉」は、元来、「浜辺で」拾うことができた宝物である。

このことを示す歌が次のとおり。

住江(すみのえ)の 名児(なご)の浜辺に 馬立てて
 (ひり)ひしく 常(つね)忘らえず
〈現代語訳:住江の名児の浜辺にて、馬を駐(とど)めて、玉を拾った喜びは、いつまでも忘れられない〉《巻七-1153》

雨は降る 仮蘆(かりいほ)は作る いつの間に
 吾児(あご)の潮干(しほひ)に は拾(ひり)はむ
〈現代語訳:雨は降ってくるし、仮小屋は作らねばならない。この忙しさの中で、いつ暇をみつけて、吾児〈不詳〉の干潟で、玉を拾うことができようか。〉《巻七-1154》

(いも)がため を拾〈ひり〉ふと 紀伊の国の
 由良の岬(みさき)に この日暮らしつ
〈現代語訳:家で待つ妻のため、真珠を拾おうとして、紀伊の国の由良の岬で今日の1日を過ごしてしまった。〉《巻七-1220》

 

もっとも、「玉」は、沖〈岸から離れた海〉の底に存在したのであるから、海底〈水底〉にある状態の「(白)玉」を詠むこともあるし、それを海底に潜って取りに行く例もある。

水底の さへさやに 見つべくも
 照る月夜(つくよ)かも 夜(よ)の更(ふ)けゆけば
〈現代語訳:今夜は、水底の玉までもさやかに見えてくるほどの、清らかに照る月夜だ。だんだんと夜が更けてくるにしたがって。〉《巻七-1082》

磯の上(うへ)に 爪木(つまき)折り焚(た)き 汝(な)がためと
 我が潜(かず)き来し 沖つ白玉 
〈現代語訳:磯の上で、爪先で折り取った柴を燃やして暖をとっては、お前のために海に潜って採ってきた、沖の真珠だよ〉《巻七-1203》

 

ところが、水底に沈んでいる「美しい真珠」は、えてして「美しい女性」の象徴となり易い。

水底に 沈く白玉 誰〈た〉が故に
 心尽して 我が思はなくに
〈現代語訳:水底に沈んでいる真珠よ、私はお前以外の誰に対しても、心から愛したことはないのだ。〉《巻七-1320》

あぢ群(むら)の とをよる海に 舟浮(う)けて
 白玉採ると 人に知らゆな
〈現代語訳:あじ鴨の群れが波のまにまに揺れ騒いでいる海に舟を浮かべて、真珠を採ろうとして他人に気づかれるな、つまり、噂好きの人々がうようよしている世間で、美女を我が物にするには、口さがない人々に注意せよ。〉《巻七-1299》

見わたせば 近きものから 岩隠(いわかく)
 かがよふを 取らずはやまじ
〈現代語訳:見渡すと、近くにありながら、岩に隠れて揺れ輝き、なかなか手に取ることができない玉[※女官の比喩]を取らずにはおかないつもりだ。〉《巻六-931》

「玉」の比喩は、「美しい女性」だけかと思いきや、男性の比喩としても使われることがある。

沖つ波 辺〈へ〉つ藻巻き持ち 寄せ来(く)とも
 君にまされる 玉寄せめやも
〈現代語訳:沖の波が岸辺の藻を巻き込んで打ち寄せて来ようとも、あなたに優る真珠を運んで来るなどということは考えられません。〉《巻七-1206》

そして、手に入れた「玉」は、「宝物」であることは、われわれ世代の誰しもが、昔、教科書で習った、山上憶良の歌が示すところ。

(しろがね)も 金(くがね)も 何(なに)せむに
 まされる宝 子にしかめやも
〈現代語訳:金銀も玉も、いったい何になろう。これらの優れた宝も、子に優る宝はない。〉
《巻五-803》

手に入れた「玉(宝物)」は、どうするか?
どうやら、装飾品として、手に巻き付けていたらしい

白玉を 手に巻かずに 箱のみに
 置けりし人ぞ 嘆かする
〈現代語訳:真珠を手に巻き付けないで、箱の中にしまってばかりいるのは、アナタです。そんな妻を顧みないアナタが、真珠[=私]を嘆かせるのです。〉《巻七-1325》

「深窓の令嬢」の場合は、親の厳しい管理下に置かれていたようです。

海神(わたつみ)の 手に巻き持てる 故に
 磯の浦みに 潜(かず)きするかも
〈現代語訳:海の神[=相手女性の親]が手に巻き付けて持っている真珠[=相手女性]だとわかっていながら、それを採ろうと私は、岩の多い浜辺で水に潜っている〉
《巻七-1301》

海神の 持てる白玉 見まく欲(ほ)
 千(ち)たびぞ告(の)りし 潜(かず)きする海人(あま)
〈現代語訳:海神のもっている真珠[=深窓の令嬢]を一目手に持って見たいと思って、何度も何度も呪文を唱えた。水に潜る海人[=私]は。〉
《巻七-1302》]

 

〈参考文献〉新潮日本古典集成「萬葉集 二」(新潮社)