北口雅章法律事務所

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「令は,善なり」とされる訳 *追記あり

朝日新聞の報道によると,新元号・考案者として有力視されている国文学者・中西進さん(89)が12日、東京都内で開いた市民講座で「令和」の「令」をめぐって,次の趣旨の発言をされたという。
1.「辞書には『令は善なり』と書いてある。令と言えば善いことだ。こんなにすばらしい字はない」,
2.「れい」という発音について,「『玲瓏(れいろう)玉のごとし』や『容姿端麗』など非常に美しいものに使われる
3.「令」が「命令」の意味を含むとの指摘については「文脈が違えばそれぞれ際だった側面が強調される。こじつけだ
と語られたという。

 

「令和」の語感が素晴らしいことについて,私自身,異論はない。

が,中西先生の説明には,やや偏りがあるようだ。
亡白川静先生(漢文学者,立命館大学名誉教授)の高説をもとに,
その理由をメモっておこう。

1,中西先生は,「辞書には『令は善なり』と書いてある。」といわれるが,

  どの辞書だろうか。*後掲「追記」のとおり判明

 問題は,何故『令は善なり』といえるか?である。
 白川先生によれば,は,もとは「深い儀礼用の帽子を被(かぶ)り,跪(ひざまず)いて神託(神のお告げ)を受ける人の形」を表現した象形文字である。つまり,「神の神託として与えられるもの」が「令」であり,「神のお告げ」の意味となり,次いで,「上位の人の言いつけ」の意味に転じた。「令」が「命」のもとの字であり,神意に従うことから「よい,りっぱ」の意味となったという。
 ちなみに,「」の方は,白川先生によれば,もとは,「解廌(かいたい)」という羊に似た神聖な獣の前で,原告と被告が,神意に従う旨の誓約(「誩(両言)」)をした上で神判を受け,善否を決することを示す裁判用語だったそうで,後に神意にかなうことを「善」といい,「よい」という意味になったというから,結局,「令」と同じ意味になる。いずれも神意に沿う=よいが原義という意味で,『令は善なり』と書かれた辞書の内容は正しい。

2.「れい」という発音について,
中西先生は,「『玲瓏,玉のごとし』や『容姿端麗』など非常に美しいものに使われる」といわれるが,そうばかりでもないであろう。
冷(れい)』は,「つめたい,さむい」という意味であり,
零(れい)』は,「雨がしずかにふる,ふる」という意味であり,
草木の花や葉が枯れ落ちることを「零落(れいらく)」といい,
人がおちぶれることにも使われる

3.「令」が「命令」の意味を含むとの指摘について,
中西先生は,「文脈が違えばそれぞれ際だった側面が強調される。こじつけだ」といわれるが,「令」の原義が「神のお告げ」=「神託」=「神の命令」なのだから,
どのような文脈であれ,「命令」という本義はつきまとうことになろう。

だからといって,新元号が,(古代出雲王国の如き)神政国家にこそ相応しいもので,
民主主義国家には相応しくない,ということにもなるまい。

 

*追記 (先輩弁護士からの教示

『令は善なり』と書いてある辞書は,

 日本の最古の辞書と言われる「篆隷万象名義」第6帖160オ)だそうです。
(高山寺古辞書資料第一 東京大学出版会 昭和52年発行)


 

(以下,先輩弁護士からのメールの引用)

「『』の字義は,『力致反命、、伶、告、使、』とあります。

書写は、永久2年(1114年)。「篆隷万象名義」第1帖から第4空海撰であるが、第5帖には「続撰」とあるため、第5帖と第6帖は、空海撰とは言えない。誰が撰したか不明(白藤禮幸の解説)とのことです。」

※「新元号」の発案者と同様,上記『先輩弁護士』の名は,匿名希望だそうです(メールの引用については,ご諒解いただきました。)。