北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

嗚呼、やっちゃったねぇ (^0^)。高市さん。

全然たいした問題ではないが、
弁解の余地はない。

 

(「保守アピールの浅薄さ」というのは言い過ぎだが…)

 

にもかかわらず、

「全くの誤読とは断定できない」だと?

「誤読である」ことは、高市さん本人自ら「訂正」により自認している。
「誤読でない」と言い張れるものならば、「訂正」「撤回」する必要などない。頑張って言い張り続けてみなはれ。ヘタな弁解をして、頑張り続ければ続けるほど、支持率が落ちるだけのことだから。

誰が考えても、社会常識のある日本人は、「今上陛下」を「きんじょうへいか」と読むのであって、今どき、「こんじょう陛下」などと読む常識人はいない。
天皇陛下に「こんじょう(根性)」など必要ないし、「こんじょう(根性)」とは無縁の存在とされているのだから。

(秋篠宮妃におかれては「こんじょう(根性)」がありそうがだが…、それは別の話。)

 

神道学者だか皇室研究者だか知らんが、そんなくだらないところで、高市擁護の論陣を張るでない!! 批判論者は、現在の日本社会で、日本国を代表する首相が、「今上陛下」を「こんじょう陛下」というのが、噴飯ものであり、不謹慎だ!、しゃれにならない!、と批判しているのであって、一般的な社会教育を受けてない、過去の一部日本人に「こんじょう陛下」と読む人間がいたとしても、そこは問題の本質ではない。

他人について、「社会常識の有無」をとやかく非難する資格が、私自身にないことは承知している。

しかしながら、現代社会において、日本を代表する首相が、「今上陛下」を「こんじょう(根性)陛下」と誤読することは、やはり不謹慎の誹りを免れない。日本国の象徴にして、日本社会統合の象徴である「天皇陛下」の尊称の呼び方は、あくまでも「現代社会における社会常識」の問題であって、それ以上の問題でも、それ以下の問題(過去にそのような呼び習わしがあったか否か)でもないことは疑う余地がないのだから。