北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

『家畜人ヤプー』 の原作者は誰か?

今の現役裁判官の中で,かつて三島由紀夫「観念小説の最高傑作」と絶賛した,
長編SF・SM小説『家畜人ヤプー』を読んだことのある方はいかほどいるであろうか?

舞台の未来帝国EHS(イース)では,白色人種の「人間」と,黒色人種の半人間「黒奴」と,旧日本人である黄色の家畜「ヤプー」の「三色」で厳然と差別され,「ヤプー」は,洗脳により白人を神として崇拝し,「白人=神」に「奉仕する喜び」(Masochismus)を植え付けられる。
また,EHS(イース)帝国では,「女権革命」以降,女が男を支配する女権主義で貫かれ,政治・軍事は女性が行い,SEXにおいても,騎乗位が正常位とされるほど「女性上位」が徹底している・・・,といった内容の一大スペクタクル・SF・SM小説だが,・・・。

さて,この一大奇書の作者「沼正也」(ペンネーム)の正体(覆面作家)は,誰か?
が,かつて問題となったことがあった。

かつての通説は, 「沼正也=倉田卓次判事(元東京高裁部総括)説」であった。
雑誌「諸君」に暴露本が出す人物「森下小太郎」氏が現れたからだ。

 

が,当の倉田卓次判事は,毅然と「沼正也は,私ではない!」と否認し続けていた。

実は,私も大学時代,「沼正也=倉田卓次判事」説を固く信じて疑わなかった。
そこで,大学時代,「法律相談所」の創立記念パーティー(立食パーティー)に出向いた際,倉田「先輩」もみえており(当時は,裁判官を定年退官され,公証人をされていたと思う。),後輩達に取り囲まれていたので,私も倉田「先輩」の方にすり寄って行き,「家畜人ヤプーの作者,って本当に倉田さんじゃあ,ありませんか?」とズケズケと確認の質問をしたという思い出がある。もちろん,倉田「先輩」から,「直に」「不機嫌そうに,違う!」と却下されたので,それ以上に突っ込むのは控えたが,私の疑念は払拭されなかった。

ところが,その後,弁護士になってからのことである。

判例タイムズ1180号(2005.8.1)で,

倉田元判事が,『老法曹の思い出ばなし⑹ ―「家畜人ヤプー」』と題して,上記内情を告白・説明されたのを読んだ。これを読んで,私の疑念は払拭され,ようやく得心できた。

結論的には,倉田元判事は,原作者と「全くの無関係ではなかった」し(戦後の米国駐留軍が読み捨てたSF雑誌等から得たSFのアイデアを,真の作者に提供していたという意味では合作に近いのではないか?,Rosenberg「証明責任論」のドイツ語・翻訳で知られる倉田元判事の翻訳文に近い独特の文体を作者も真似ていたようだ。),また,倉田元判事ご自身が疑われてもしかたがないことを「森下小太郎」氏に宛てた匿名文の中で書いてしまっていた経緯(「詰まらぬ虚栄心」から,当時「匿名通信」の文通相手だった森下氏に,SF・SM小説を構想中である旨の匿名文を送っていたのであった。)についても,きちんと説明されていたからだ。

 

倉田元判事の,上記エッセイは,森下氏から「告発」された際のエピソードが,いろいろ語られているので興味深い。

当時の最高裁長官は藤林益三さん。弁護士出身の最高裁判事で長官になられたのは,今のところ,藤林さんだけである。この藤林長官が,「倉田判事問題」が世間を騒がせた当時,新聞社や週刊誌からの取材に答えて,もし倉田判事が,『家畜人ヤプー』の真の作者なら,「これはスーパーマンですよ。」と好意的なコメントを発表していたらしい。

また,どこかで聞いたような話だが(岡口判事事件参照),倉田判事も,当時の東京高裁長官(川島一郎判事)から長官室に呼び出しを受けたらしい。当時の東京高裁事務局長は,なんと山口繁判事(後の最高裁長官)だったとのこと。
 『家畜人ヤプー』には,「皇族侮辱」の挿話が書かれていたために,倉田判事に対する右翼の襲撃計画がある旨の情報が裁判所に寄せられ,裁判所の警備員に迷惑がかかったことが東京高裁長官の耳に入ったためらしい。

ちなみに,右翼から「皇族侮辱」と憤激された挿話は,要旨,次の通り。
アイルランド系イース(EHS)女性のアンナが,タイム・トラベルで10000年前の地球に出向いて活躍し,特に日本では,女神として崇められ「地球(テラ)のアンナ」からテラスを姓にする「アンナ・テラス(Anna Tellus)」と呼ばれたが,それがなまって「アマ・テラス(天照大神)」になった,という「故事つけ」とのこと。

その右翼も,『家畜人ヤプー』は,三島由紀夫が激賞した本だと聞いて,「エッ! 三島先生が褒めた?」と態度を一変させて,引っ込んだらしい。

 

こんなブログを書いていると,胃がん手術で父親を亡くされた医療裁判の依頼者・姉妹から,「また,先生,サボっている!」と叱られそうだが,そんなことはない。私なりに,胃がん治療のことについては,いろいろ勉強している。
 その証拠に,フツーの弁護士なら,
「SM」と聞けば,「Sadism & Masochismus」を思い浮かべ,
「M」と聞けば,「Masochist」を思い浮かべるであろう。
が,私は違う。
「SM」と聞けば,「粘膜下層(submucosa)浸潤癌」を思い浮かべ,
「M」と聞けば,「粘膜(mucosa)内癌」を思い浮かべるのだ。

(愛知県がんセンターのHPより)