北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

弁護士受難の時代

昨年12月3日の報道なので,随分と時間が経ってしまったが,

大阪弁護士会の男性弁護士が,脳外科手術に絡む医療過誤事件を受任したところ,かつての依頼者から,約2億5000万円の被害賠償を求める旨の弁護過誤訴訟で訴えられる,という記事が出ていた。

 

この記事だけからは,背景事情の詳細は不明であるが・・・,決して気持ちのいい記事ではない。
もちろん,時効期限を失念した弁護士の落ち度は否定できないであろうが,
他人事とはいえ,自分にも起こりうることなので,身につまされる思いがする。
ちなみに,私が加入している弁護士賠償責任保険は,付保額が1億円限度なので,かつての依頼者からこのような訴えを起こされて全面敗訴すれば,私のような零細事業主たる弁護士は,たちまち破産して,弁護士資格を失い,家族は路頭に迷うことになるであろう。

が,それにしても,このような記事を目にすると,
どうも「感覚的にズレる」ところが多く,わが業界は,いったいどうなってしまったのかと気が滅入る。

依頼者(患者の弟)は,「時効期限ぎりぎりまでの」10年間,何をされていたのか。

自らはぎりぎりのタイミングで,時効中断目的の催告によって,時効期限が6か月のびたからといって,委任した後を弁護士任せにするのではなく,時効期限が迫ってこれば,適宜,対象弁護士に電話して,
「先生,そろそろ期限が迫ってますが,大丈夫ですか?」
と,アラームを鳴らしてもよかったのではないか?

普通に考えれば,「脳外科手術に絡む医療過誤事件」であれば,かなりの専門知識と実務経験を要する難事件が多く,専門家の協力は不可欠であって,脳外科専門の親友や,脳外科専門も知人のいる私でも,少なくとも4,5か月の調査期間は優に要する。したがって,医療訴訟に習熟した弁護士であれば,「提訴できるかどうか」さえ,「海の物とも山の物とも分からない」状態で,かつ,提訴まで猶予期限がたかだか6か月しかない状況のもとで,「二つ返事で」訴訟提起を受任できるわけがない。時効期限が差し迫った時期に受任してくれただけでも,随分と,奇特な弁護士だということになる(実際には,「怖いもの知らず」で,医療過誤事件の経験,特に難事件に苦慮した経験が殆どなかった可能性も否定できないが・・・)。

 仮に,対象弁護士が,頑張って医療事故の原因について速やかに調査をし,医療事故の内容・問題点について専門家に相談するなりして,請求原因(医療機関の過失と因果関係)を特定し,勝訴の見込みがあるとの理解を得たうえで,当該事件を受任していたと仮定しても(結局は,対象弁護士は提訴しているので,ご自身の心証としては,医療過誤責任を基礎付ける証拠をそれなりに揃えていたことになる。),受任契約の締結時期は,時効期限が間近に迫った時期にならざるを得ないはずであるから,受任契約締結後は,今度は,訴状の起案準備に追われて,気が急くことになる。したがって,時効期限を失念することは考えにくい。時効期限を過ぎると,「訴えの棄却」(敗訴)は目に見えており,上告受理申立理由書の期限をすぎると問答無用で上告受理申立てが却下されるのと同様,弁護士手帳にカウントダウンの数字をメモるのが通常ではないか。

 ところが,この対象弁護士の場合は,時効期限に遅れること20日後,提訴した模様。ということは,訴状を裁判所に提出した時点で,時効期限のことは,被告代理人の頭の中からスッポリ抜けていたのであろうか。あるいは,ひょっとして病院側(被告側)の弁護士が,「武士の情け」で,「時効の抗弁」に目をつぶってくれるものと期待したのであろうか。(医療事故自体は,10年前の事故であるから,時効期限を意識しないことはありえないはずだが。)

それとともに「感覚がズレる」と感じるのが,同業の弁護士を,2億5000万円の賠償を求めて訴える弁護士もいるということだ。なるほど,対象弁護士は,「2億5000万円の賠償を求めて」もそれなりに勝訴の見込みがあること前提とした「訴状」を自ら起案して,裁判所に提出してしまっているのであるから,それに反する主張を,ご自身の「弁護過誤訴訟」で主張することは自己矛盾の供述となって,主張しにくい面はあろう。
 しかしながら,そうだからといって医療過誤訴訟における提訴時の請求金額は,あくまでも計算上のものであって,今どきの医療過誤訴訟における患者側勝訴率の著しい低迷実情を考慮すると,2億5000万円もの賠償金額がそのまま認容される見込みがあったとは到底思われず,因果関係の面から,弁護過誤訴訟の請求額も無理筋であろう。