北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

黒川前検事長・定年延長問題をめぐる「法務省幹部の欺瞞」

検察庁」(A官庁)と「法務省」(B官庁)とでは,
 組織が全く異なる。

 「法務省幹部」(B官庁所属)は,判事(裁判官)が出向してくる一部民事局幹部を除き,殆どの要職は,検事(A官庁所属)が独占しているので,「実質的に同一」の官庁だと思われがちであるが,実態は,必ずしもそうでない。
 殆どの弁護士は,このことを知らないから,今回の,黒川元検事長・定年延長問題で,「法務省幹部」が,いかに欺瞞的な「口からデマカセ」を国会内に吹聴させ,国会議員・国民を欺罔したか!,について見抜けない。

 しかしながら,私は,たまたま名古屋刑務所事件に関する経験(後述する)から,A官庁とB官庁との権力関係・組織関係について,身をもって内情を知るに至ったことから,今般の「法務省幹部(B官庁)」の対応には,明らかに「欺瞞(ウソ)」があると確信・理解している。そこで,今般の黒川前検事長・定年延長問題における「法務省幹部(B官庁)」にみられた「欺瞞(ウソ)」について,解説しておきたい。

 法務省(B官庁)は,「基本法制の維持及び整備、法秩序の維持、国民の権利擁護、国の利害に関係のある争訟の統一的かつ適正な処理並びに出入国管理を図ることを任務」とする組織であり(法務省設置法3条),この任務を遂行するためには「検察に関すること」(同法4条7号)も扱うが,その基本は,法政策・法務行政全般を扱い,いわゆる刑事手続(犯罪捜査,刑事裁判における公判維持活動等)には係わらない。そして,刑事手続を司る官庁は,いうまでもなく「検事総長を頂点とする検察組織」=検察庁(A官庁である(検察庁法)。
 A官庁・B官庁の関係は,法務省(B官庁)のトップである法務大臣において,検察官の捜査・公判事務に関し,一般的な指揮権はあるものの,個別の案件については,検事総長のみを指揮できるとどまり(検察庁法14条),「B官庁」に属する法務省幹部(事務次官以下)は,「A官庁」に属する検察官検事,具体的には,東京地検・東京高検に対し捜査情報等の報告を直接・具体的に求めることはできないシステムになっている。

 ところで,検察庁法は,定年制を採用しており(22条),国会公務員法の定年延長制度は適応外であるというのが,従前の政府見解であり,われわれ法曹関係者の一致した法解釈である。したがって,このような公式に確立した法解釈を立法(法改正)によらず,内閣の閣議決定で変更することが,法令の根拠に基づかない違法な閣議決定であり,検察の独立性,検察権行使の適正・公正を侵害することは,あらゆる弁護士会の会長声明に示されたところである。

 が,このブログで問題としたいことは,その次のステップで問題となる議論であり,もし仮に,検察官検事に対し国家公務員法による定年延長規定が適用されると仮定しても,黒川・当時東京高検検事長(「A官庁」に所属する)が,同法81条の定年延長要件(「(検察官職務の遂行上の)特別の事情」)を満たすか否かについて,法務省(「B官庁」)においては,そもそもその判断に必要・不可欠な「基礎資料」(判断資料,捜査状況等を示す捜査資料)を持ち合わせておらず,その資料提供をA官庁に求めることができないのであって,法制度上,法務省(「B官庁」)ないしそれを統括する法務大臣においては,同条の定年延長要件の有無を判断することはできないはずである。
 しかるに,法務省(B官庁)においては,何ら上記時点での捜査状況(政策判断の関する前提事情)に関する具体的資料・根拠資料もなく,その状況認識の実情・評価を度外視して,もっぱら黒川当時東京高検検事長(A官庁に所属する)の実務経験・判断能力といった「人物評価」をもって,「余人をもって代えがたい」などと一方的に断定している。したがって,法務省(B官庁)が,上記時点で,黒川元検事が,国家公務員法81条が規定する「(検察官職務の遂行上の)特別の事情」という延長要件を満たすか否か,具体的には,東京高検検事長の役職が,黒川検事以外の「余人をもって代えがたい」ことを基礎づける,何らの具体的な証拠資料・根拠資料もなしに,延長決定がなされてしまっていることについては,法務省幹部(「B官庁」所属)においても,当然に熟知していたことになるから,彼らが欺瞞的態度をとったことは明らかである(平目たちが,「平目」[=上司に媚びる]たる所以のものは,このような態度にも示されている)。

 この点,報道によれば,松尾邦弘元検事総長ら検察OBが政府に提出した「定年延長法案・反対意見書」でも,「現在,検察には黒川氏でなければ対応できないというほどの事案が係属しているのかどうか。き合いに出される日産自動車の前会長のカルロス・ゴーン被告逃亡事件についても黒川氏でなければ,言い換えれば後任の検事長(注:林真琴検事長)では解決できないという特別な理由があるのであろうか。法律によって厳然と決められている役職定年を延長してまで検事長に留任させるべき法律上の要件に合致する理由は認め難い。」という理由を挙げて,黒川検事長に国家公務員法の定年延長規定(81条)の要件を充足しない旨を指摘されている。しかしながら,この反対意見書においては,「法務省幹部をかばう」趣旨か,法務省には,そもそも,そのような要件判断を基礎づける資料が欠如していること,この意味で,法務省幹部らがこぞって欺瞞的態度をとっていることについての言及が避けられていることに注意が向けられるべきである(松尾元検事総長は,検察OB:「A官庁OB」であると同時に,元法務事務次官であって,法務省幹部OB:「B官庁OB」でもあり,「身内に甘い」のだ。)。
 たとえ,森雅子法務大臣が,いくら稲田検事総長に対し,検察庁法14条にもとづいて,黒川検事長の「非代替性」を基礎づけるべく「引き合いに出される日産自動車の前会長のカルロス・ゴーン被告逃亡事件」等の捜査状況について資料開示を求めたとしても,「後任に林眞琴検事長を推していた」稲田検事総長においては,森法務大臣の要求など一蹴したであろうことは自明の理である。

 「弁護士の分際」で,何故,田舎弁護士の私が,「検察庁」「A官庁」)と「法務省」「B官庁」)との間の如上の権力関係・組織関係の実情を知っているか? について,最後に説明・解説しておきたい。

 私が主任弁護人を務めた名古屋刑務所事件 ― 刑務官が懲役受刑者を虐待・死亡させたという冤罪事件 ― については,実は,当時の法務省幹部も全員,冤罪・無実であることを承知していた。が,当時の歴代・検事総長以下検察庁が「国策捜査」を暴走させてしまったため,後戻りができなくなってしまい,弁護側が,複数の科学鑑定,医学鑑定をもって,その無実を立証したにもかかわらず,裁判所までが,グルになって,科学的・論理的に全く「ナンセンス」な「巫山戯た」有罪判決を書いてしまった。
 このような刑事公判状況のもとで,懲役受刑者ないしその遺族側から,民事上の国家賠償請求訴訟が二つの方向から提起された。一つは,革手錠事件(革手錠の絞扼作用が暴行だとされた事案)の方で,名古屋地裁に,国(代表者・法務大臣)と,有罪判決を受けた刑務官全員を被告として訴訟提起された。この場合は,刑務官らの弁護人である,私が,民事訴訟でも代理人として,無罪証拠を多数抱えて応訴するので,その付随的効果として,国(代表者・法務大臣)の利益も擁護できた。
 ところが,放水事件(消防用ホースからの放水が暴行に当たるとされた事案)の方は,遺族が,「国のみを」被告として,京都地裁に国家賠償請求訴訟を起こした。ここで問題となったのは,国=法務省には,名古屋刑務所事件・放水事案に関する捜査資料も刑事裁判資料も一切なく,単独では訴訟遂行ができなかったのである。「同族の官庁」なんだから,法務省(訟務検事;「B官庁」所属)は,検察庁(名古屋地検特捜部・公判部;「A官庁」所属)から訴訟記録を取り寄せればいいではないか?と思うところだが,それさえも,現実には,法務省幹部にはできなかった。それ故にこそ,当時の法務省幹部は,私に直接連絡してきて,「刑務官側の先生がお手持ちの『無罪証拠をもって』,『独立当事者参加』をして欲しい。」と頼んできたのだ。つまり,刑事事件に関する捜査資料の開示・管理に関しては,「検察庁」(「A官庁」)は,「法務省」(「B官庁」)から完全に独立性が保証されており,いくら法務省幹部(「B官庁」所属)とはいえ,入手も手出しもできないシステムになっていたのだ(法務省幹部が,黒川・東京高検検事長の行状;麻雀賭博の実態を「即日調査した」,「調査できた」というのも笑止千万である。東京地検特捜部から「秘密警察」的・公安調査庁的「追跡調査結果」の報告を受けて愕然とした,というのが実情ではないのか。それとも,東京地検特捜部監修・文春作成の「報道結果」を引き写した,とでもいうのか。)。
 したがって,本年1月当初の時点では,「法務省」(B官庁)が,「検察庁」(A官庁)に専属する黒川検事長の定年延長の必要性を基礎づける刑事事件関係資料など,検察庁から入手できるわけがなかった,と断定できる。それ故にこそ,森法務大臣と彼女を支えた法務省幹部が,黒川氏について「余人をもって代えがたい」と評価したことは,同人の人物評価・過去の実績以外には,何らの証拠上(捜査資料上)の根拠の欠如・欠落した判断ということになるのである。