弁護士のブログBlog
円空作「袈裟山千光寺百歌」その5
- 2026-03-21
円空作「袈裟山千光寺百歌」を最初から、古今和歌集の注釈書等を頼りに順次読み解いてくると、歌集の整理番号[13]、[14]のあたりから、円空が詠んだ和歌にみられる、古今和歌集からの「本歌取り」が、決して「本歌のパクリ」などではなく、本歌の風趣を十分に咀嚼し、血肉とした上で、円空独自の宗教的観念や慈愛に満ちた、時にユーモラスを交えた、翻案によって、その風趣を昇華されていることが理解できる。法律家としての現代感覚から、言葉の古典的な意味にできる限り忠実に、かつ、論理的に、円空の和歌の意味を読み解いていくと、次のように理解される。
[14]霞(かすみ)たつけさの山へハとをけれと 吹きぬ風は花のか(香)そする
[現代語訳(逐語訳)]
(春)霞が立っている今朝の袈裟山へ(の道のり)は、(まだ)遠いけれども、吹いてくる風は(袈裟山に咲く)花の香りがすることよ。
[意訳]
今朝の袈裟山は春霞で覆われている。頂上までの道のりは遠いが、春風が袈裟山に咲く花(山桜)の香りをのせて吹いてきたことよ。
[本歌]
霞たつ 春の山辺は 遠けれど 吹きくる風は 花の香(か)ぞする(在原元方[古今集・巻第二・春歌下103])
[本歌の歌意]
霞が立っている春の山々は、遠くて定かには見えないが、その方角から吹いてくる風は、花の香りを運んでくる。
[観賞(含意)]
本歌では、作者(在原元方)と「春霞に立つ山辺」との間には、物理的な距離があり、その距離を自然の風が橋渡ししてくれている。これに対し、円空の方は、袈裟山に逗留しているのであるから、その立ち位置からみて遠方にある袈裟山は、山そのものを意味するのではない。すなわち、抽象的な意味での山頂、つまり、修行の高みを指して詠んでいるということになる。つまり、我が身は修行の途上にあるが、目指す先(山頂=天空の方)から吹いてくる風は、馥郁たる「花の香り」(彼岸:涅槃、精神的満足の象徴)がする、というのである。
[15]よそに見て めくれるけさの藤(の)花 いまとわれハ枝ハおるとも
・「よそに見て」:よそ(視界の外)に見て、つまり、視界に入らず気づかなかった、という意。
・「めくれる」:「捲(めく)れる」=「はがれる」の意ではなく、「目(め)+来(く)れる」という円空の造語。「目に付いた」の意であろう。
・「いまとわれハ」:「今、訪(と)われ」(「訪う」の受身・自発形)と「我(われ)は」が掛詞。「今、ここでの私は」の意。「は」は、「殊(こと)私は」「私だけは」という限定の意を含んだ格助詞。
・「枝ハ折るとも」:(私が)枝を折ろうとも
[意訳(含意)]
(難解な歌であるが、次のような理解が可能だと思う。)
今朝、この袈裟山に咲く藤の花よ。今、私がここで、おまえの枝を折ろうとも(文句はないよね。)。かつて、僧正遍照が、その住坊・元慶寺(京都市山科区花山)で咲いていた見事な藤の花だけ見て、(遍昭に)挨拶もせずに帰っていった失礼な女どものことを不快に思って、藤の花に向って、「蔓をその女どもに絡ませて、引き止めなさい。たとえ、枝が折れても。」と、ユーモアたっぷりに、歌(本歌)を詠んだものだが、(見事に咲く「元慶寺の藤」とは異なる)おまえ(「袈裟山の藤」)の存在については、私は、今朝(袈裟山)の今朝まで気がつかなかった(京都・花山の藤に比べると見劣りするからなぁ…)。だがおまえ、藤の花よ、今、私がここでおまえを見つけたからには、たとえ私がおまえ(藤)の枝を折ろうとも、文句を言わないでね。この千光寺の住職(俊乗)は、「僧正遍昭の故事」のことを話せば、きっと呵呵大笑するだろうから(勿論、私は、天台密教修業の身であって、おまえの枝[自然=仏性あり]を折るようなまねはしないよ。)。
[本歌]
よそに見て 帰らむ人に 藤の花 這(は)ひまつはれよ 枝は折るとも(僧正遍昭[古今集・巻第二・春歌下119])
[本歌の歌意]
私の寺までやってきて、私には会おうともせずに(藤だけを見て)帰ろうとするとは何事か。藤の花よ、そのような不届き者の女ども(註:「滋賀より帰りける女どもの…」)には、あなたの蔓をからませて引き止めなさい。たとえ枝が折れようとも!
[観賞]
本歌では、僧正遍昭が、ユーモアたっぷりに、藤の花を擬人化して、藤の自己犠牲(枝が折れる)を強いてでも、失礼な女どもを引き留めよ、と命じている。ここでは、女性訪問者らが、住職への敬意よりも(住職の方が「よそ(余所)」)、「花山(元慶寺)の藤の花」の魅力の方に見入って、住職への挨拶を失念して不敬をはたらいたことに、住職(遍昭)が自嘲しつつ、若干憤慨した、との心理が読みとれる。これに対し、「袈裟山千光寺の藤」の方は、「花山(元慶寺)の藤の花」ほどの魅力はない(新歌では、藤の花の方が「よそ(余所)」とよまれている。)、枝くらい折ってもいいでしょ?、と機智に富んだユーモアをもって、藤に語りかけている構造にある。つまり、本歌では、藤の枝を折る主体が、擬人化された藤(つまり自損行為)であったのに対し、新歌(円空作)の方では、その主体が円空に転換されている。
[16]今さらにけさにかへるか 郭公(ホトトギス)
今日来て見れハ 我宿ニな(鳴)け
・「けさ」:今朝と袈裟山の掛詞
・「郭公(ホトトギス)」:初夏五月に南方から渡ってきて日本に夏を告げる鳥である。
[意訳]いまさら袈裟の山奥に帰っていくのか。ホトトギスよ。今日せっかく、千光寺の敷地内にある、私の宿坊に姿を現したのであるから、山奥に帰らず、しばらくは私の宿坊にて鳴き続けておくれ。
[本歌]今さらに 山へ帰るな 時鳥 声のかぎりは わがやどに鳴け
(古今集151・よみ人しらず)
[本歌の現代語訳]ここまで季節が進んできたのだ、ホトトギスよ、今さら山に帰るでない。声が涸れぬかぎり、私の家で鳴きなさい。
[解釈]本歌の作者は、ホトトギスに対し、a.「山へ帰るな」と指示し、かつ、b.「声が涸れる」まで「鳴き続けよ」と、二重の命令を出している。これに対し、円空の方は、特に「山へ帰るな」とまでは言わないが、しばらくは我が宿坊で鳴きなさいと、ホトトギスへの「縛り」を緩和し、(「本歌の作者にようにパワハラ的なことは言わないから」といった感じのニュアンスの)より穏やかな語調で語りかけているところに、円空の性格が示されている。
[17]くるゝかと見れば明ぬる夏の夜(よ)を けさもあかずに鳴く郭公
・「あかずに」:「飽かずに」と「明けずに」とが掛詞になっている。本歌の「あかずとや」については、「飽く」は四段動詞で、「明く」は下二段動詞で、活用が異なることから、「飽かず」と「明けず」を掛けたとの解釈は無理だという学説があるが(奥村恆哉・校注『新潮日本古典集成』[新潮社]74頁)、円空にはそのような文法は通用しない。
[現代語訳]暮れたかと思えば、早くも明けてしまう夏の夜。そんな短い夏の夜が明ける前から、飽き足りないのか、ホトトギスが、今朝も、この袈裟山で、鳴き続けていることよ。
[本歌]暮るるかと みれば明けぬる 夏の夜を あかずとや鳴く 山時鳥(古今集・第三巻・夏157・壬生忠岑)
[本歌の現代語訳]暮れるかと思うと、たちまち明けてしまう、そんな夏の短か夜を、もの足りなく思って鳴くのか、あの山時鳥は。
[解釈]円空は、本歌の「あかず」が、掛詞でないこと(「飽かず」の一義であること)を十分に承知の上で、掛詞として翻案し、新歌では、「よくもまあ飽きず、夜明け前から、鳴き続けられるね。」と思いつつ、微笑みつつ(「ホトトギスよ、おまえ、よく飽きずに鳴くなぁ」といったユーモアとともに)、ホトトギスの清らかな鳴き声に聞き入っていたのではないか。したがって、円空の修験道の修業は、毎朝、夜明け前から始まっていたものと推察される。
[18]けさの山ゆきかふそらの夏秋を かたへすゝしき風や吹くらん
[現代語訳]袈裟山の空でも、夏と秋とが、空の道を行き交っているのでしょう。片方は、秋の道で、涼しい風がふいていることでしょう。
[本歌]夏と秋と 行きかふ 空のかよひ路は かたへすずしき風や吹くらむ
(第三巻・夏167・凡河内 躬恒[おおしこうち の みつね])
[本歌の現代語訳]夏が去り、秋がやって来る空の道は、夏と秋とが行きちがって、道の片側には、涼しい風が吹いていることだろう。
[解釈]本歌と新歌の違いは、京都周辺で詠まれたか、袈裟山で詠まれたかの違いであって、歌意はほぼ同じと考えられる。北陸に近い袈裟山では、比較的早くに秋がきたと思われるが、それでもなお、残暑があった時期に詠まれた歌であろう。地上での涼風でなしに、空の上での涼風を想像しているのであるから、実際の地上の季節状況は、「立秋とな名ばかりで、…」という肌感覚のもので、空での想像を反映したものではなかった、と考えられる。となれば、歌の中の「けさ」は「袈裟」であって、「今朝」の意味は含まないもの(朝の空気感の中で詠んだものではない。)と思われる。